楽園偏愛録 | ナノ


▼ 08

 水辺で火を焚く。確かにディエゴの馬は、どことなく足を重たそうにして歩いている様だった。ディエゴもなるべく走らせないようにしているし……。競走馬って確か、足を怪我しただけでも致命的なんだったよな。レース中に馬の乗り換えは出来ないし、ディエゴは最後までこの馬を見捨てないだろうけど……。何千人ものレース参加者が居たのに、このフィフス・ステージにまで残っている選手の数はついに3桁台だ。過酷なレースだってことがわかる。私も早く怪我を治さないとな。

「おい、キト」

 腕の包帯をかえていたところに、ディエゴが現れる。なんだ、馬の世話はもういいのか? 包帯の一端を銜えながら顔を上げる。

「んー?」
「一度傷口を見せてみろ」
「んー」
「……ふぅん。こんなもんか、まぁ」
「もーいい?」
「ああ。抜糸のタイミングはどれくらいと言われた?」
「わかんない。経過見てって言われたけど……。もうそろそろかな」
「そうだな。だが関節に近い傷口は皮膚がよく動く部分だし、もう少し様子を見ろ」
「うん。ディエゴは?」
「俺?」
「怪我がないか」
「俺は君みたいにヘマはしないからな。心配ない」
「うん。一応聞いただけ」

 シルバー・バレットはしばらく休ませないといけない。その間、ジャイロとジョニィに先行を許すことになる。遺体も……先にとられるかもしれない。だからディエゴは、大統領に部下をひとり要求したらしい。サンドマンのスタンド能力の一番いいところは、一見してその本質がわからないところと、遠距離から姿を見せずに相手を攻撃できるってところだろう。なにもわからずただ倒されるしかない……。

「サンドマンと戦ったら、貴方でも負けてた?」
「負ける気はしない。彼の能力はちょっと面白いなとは思うが、俺はもう仕組みを理解してしまったし、そうなったらいくらでも対策を立てることが出来る。だが、まぁ…俺の恐竜を何匹か彼に貸しているんだが、そいつらを使って面白いことが出来そうだな」
「あ、じゃあ今サンドマンがどうしてるかもわかるの? 多分彼が今レースの先頭を走ってるんでしょ。今どのあたりにいるの?」
「場所はわかるが、どうしているかまでわかるわけないだろう」
「ん? なんで?」
「一度君について行かせた恐竜が居たろ」
「あ、ウサギ? そういえばまだ鞄のなかだ」
「……持ってきたのか。死んでるんじゃあ……」
「大丈夫、生きてる生きてる」

 逃げないように鞄の底に押し込めていたウサギを取り出す。すぐに私の手から逃れて草むらへ入ろうとするあたりまだまだ元気だ。

「あー、じゃあ、ちょっと寄越せ」
「うん」

 ディエゴは再びウサギを恐竜化させる。この恐竜が、私とディエゴの伝達役をずっとしてくれていた。支配下にある恐竜が今どうしているか、ディエゴは全部把握しているものだと思っていたんだけど、違うのか?

「……ふうん。たぶん、君が思っているよりこの恐竜で情報伝達する方法ってのは複雑でな……。この恐竜が経験したもの、つまり見たもの、嗅いだもの、聞いたものっていうのは、リアルタイムで俺に伝わってくるわけじゃあない。例えば君がリンゴォとしていた会話をこの恐竜は聞いていたが、俺が実際にその会話の内容を知ることができたのは、再び俺がこの恐竜に触れたときだ。恐竜が得た情報は、その恐竜が自力で俺のところに戻らない限り、俺が知ることは出来ないってわけだ」
「え……。でもさ、嵐の日、ハンググライダーで飛びながら、私恐竜を介して貴方と会話できてたよね」
「腕を噛めって?」
「うん。実際貴方は恐竜に私の腕を噛ませた」
「俺は恐竜にそんな命令はしていないぜ。君の腕の怪我が恐竜によるものだというのは、君の口から聞いたとき初めて知ったし、しかもその理由が痛みで身体を動かせるようにするためだということは、今、このウサギをもう一度恐竜化させたことで初めて知ったな。君はそういうバカなことをしまくるから生傷が絶えないんだろう」
「……じゃあなんで私噛まれたの? ていうか貴方に届いていると思って話してたのに、独り言だったってこと?」
「まぁ今、君が空でどうしていたかはすべて把握したけどな……。君本当に死ぬところだったんだな。噛んだのは……恐竜が、俺ではなく君の命令に従ったってことだろう」
「鼻の頭噛まれたのも貴方のせいじゃあないってこと? 恐竜の独自意思?」
「ふっ、まぁそれは、俺でもそう命令していたかも」
「けっこう痛いんだぞ、こっちの傷も」
「まぁ聞けよ。サンドマンにやった恐竜たちには、サンドマンに従え、という命令をしてある。ロッキー山脈でフェルディナンド博士が俺を恐竜たちの司令塔にしてたが、あれと似たようなかんじだな。君の恐竜にしてある命令は『キトにある程度従え。彼女に付いて離れるな』だ」
「なんでサンドマンに服従させておいて、私にはある程度なんだよ……」
「なんとなくだ。だからまぁ、そういうことだと覚えておけ」
「最初に言っておいてくれればいいのに……」
「恐竜による探知網ができるかどうかの実験みたいなところがあったからな。この能力はまだ応用が利きそうだ。次も頼むぞ。その恐竜は引き続き君にある程度従わせておいてやるから、好きに使え」
「ん……それはどうも」

 サンドマンの状況が窺えないのはきついか……。サンドマンがジャイロとジョニィと対決するなら、もし彼が二人に負けたとしても、ジャイロとジョニィのデータがとれると思ったんだけどな……。そうするためには、一匹でも恐竜が生還しないといけないわけだ。けっこう複雑だな。



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