楽園偏愛録 | ナノ


▼ 07

「昔、一度だけ銃を売ったことがあるんだ。子供に。そうだとは知らずにのことだったが、調べればすぐにわかることだった。私が銃を売った子供たちはみんな死んでしまったよ。だからこれは、私にとっては呪われたものに近い。けどだからこそ、もう一度手に取りたい」
「……君の、二つ目の取引先、だな」
「覚えてたのか」
「気になっていたから……。今まで言わなかったのは?」
「ああ、私、子供たちには普通に商売してたんだけど、結局彼らの助けにはなれなかったからさ。それどころか、死なせてしまった。自分では良かれと思ってやったこと、裏目に出てしまったんだ。それが情けないってのと……。あと、一時期であれ善意でなにかをしていたときが私にあるなんて、知られたくなかった」
「何故? 普通は逆では?」
「ポリシーだからさ。自分のためにならないことはしないって……。貴方に笑われそうだったから、言えなかっただけ」
「……じゃあ、君は君だけのために、それを使え」
「そうしたら持っていてもいい?」
「ああ。腰か足首にでもつけておけ。服の下でもいいが、いざってときに取り出せないんじゃあ話にならないぜ」
「わかった」
「……じゃあ、もう出発する。立てるか?」
「うん。なんで?」
「川に落ちたとき、足も痛めたって……」
「……ああ、でも、ここまで飛んでこれたくらいには回復してるんじゃあないかな」
「わかった、怪我は悪化してるか……」
「してないって」
「ダメージがあるのは俺の愛馬も同じだ。しばらくはゆっくり休ませながら進む。君もそうしろと言いたいが……、君は飛んだほうが負担にならないのか? 自分でどうだ?」
「歩く方が楽かな……。飛ぶにしても結局足は使うし、着地のときがつらいかも」
「じゃあ、しばらくはそれで行こう。大統領に君と俺が接触してもルール違反にはするなと言っておいたし、これからは記者のふりもしなくていい」
「どんだけ取引してきたんだよ……」

 ディエゴに腕を引かれながら、立ち上がる。風が吹き抜けていく。この感覚が好きだ。飛ぶのも、けっこう気に入ってるのかもしれない。空からの眺めはいいもんだし……。
 いつものようにハンググライダーを背負って、馬を引くディエゴの隣を歩く。並んで歩くの、初めてだよなぁって思う。どっちかが馬に乗ってるとか、手を引かれてとか、そういうのばっかりだった。
 対等に、なれただろうか。
 力なくとも、貴方に近づけただろうか。
見せかけだけでも。

「大統領とどんな取引してきたの?」
「ああ、遺体を売るから買えって」
「いくらくらいで?」
「アメリカを少々」
「土地かよ……。ちなみにどこ?」
「土地というか、地位だ。ニューヨーク市長。まぁ、マンハッタンを手に入れたってことになるのか」
「は?! そ、それでよくOK出たね……」
「多少ゆするネタがあったしな。ああそうだ、キト、君体重はどのくらいだ?」
「……?」
「大統領側に少なくとも一人裏切り者がいる。いろいろあって俺はそいつの荷物を含めた体重の数字だけ知っているんだが、その数値からもしかしたら女かもしれないと思ってな。君の数値を参考にしたい。体重は足跡を見ればわかるんだが、君はいつもハンググライダーを背負って歩いているから正確なところがわからない」
「体重って、足跡からそんなのもわかるの? 恐竜すごくない?」
「足跡の深さや形を正確に導き出すのは確かに恐竜の感覚あってのことだが、足跡の面積と深さから数式をつかって体重を導き出すのは俺のアタマだな」
「馬乗りってみんなそんなことできるの?」
「そうだな。とくにこういうサバイバルなレースに慣れている奴は、そうかも。相手の今の状態を知るのに役立つ」
「ふーん……」
「話を戻していいか?」
「ああ、体重だっけ。知らないのだけど、つまりハンググライダーなしで足跡つければわかる?」
「そんなややこしいことをしないでも、持ち上げればわかるだろう」
「……えー……」
「体重を明かすのがなんともないのに、それは嫌なのか」
「いや体重も嫌だよ。イイって女の子がいるもんか。でも大統領をゆするネタになるんだろ? だったら協力する、んだけど……」
「さっさとハンググライダーそのへんに置け」
「んんんん……」
「俺になにされても文句はないんだろ」
「うん……」
「……つかまってろ」

 ディエゴの肩に手をかける。彼は片手で私の背中のほうからベルトを掴んで、ひょいと軽く持ち上げる。あ、ハンググライダーに乗ってるときみたい。ハーネスもベルトにつけるからなぁ。

「わかった。やはり大統領側にいる裏切り者は女だろう。そうなってくると容疑者はかなり絞られてくるだろうし、これで充分な情報になるな」
「裏切り者って、やっぱり遺体が目当てってことだよね」
「俺やジョニィやジャイロが、カンザスの付近の遺体にたどりつくよりも先に、遺体が掘り起こされるのを左眼を通して感じた。それがその裏切り者ってやつなんだろう。俺が気になっているのは、そいつがジョニィの馬に乗ってカンザスまで帰ったってことだ」
「ジャイロとジョニィに、協力した……? 遺体を差し出したのかもな。ディエゴ、実際に会ってみてジャイロとジョニィってどんな人だった? 貴方より性格悪い?」
「君の聞き方のほうが悪いかな」

 いきなり手を離されて、地面に投げ出される。気に障ったか? だが貴方を判断基準にすると私にはすごくわかりやすいんだけど……。

「まぁ、俺目線、キト、君なんかよりは善良な人間たちなんじゃあないか、と思う」
「ってことは、貴方よりも正義感のある人たちだね」
「否定はしないが、さっきから俺を怒らせたいのか?」
「そうじゃあないけど……。えーっと、ジャイロとジョニィは大統領よりも信頼できそうな人間だと、少なくとも誰かにそう評価されているとして……。その裏切り者の目的は遺体の獲得というよりも、単に大統領にそれを渡したくないだけなんじゃあないか。どう?」
「かもな。大統領の部下であるブラックモアという男が草原で死んでいた。ジャイロとジョニィへの刺客だったか、あるいはその裏切り者を追っていたのかもしれない。だとするとその裏切り者は命を懸けてまで遺体を大統領から遠ざける必要性を感じていた」
「でも、自分の足跡を消すためにジョニィとジャイロの協力を必要としている。大統領に裏切り者の正体が自分だとバレたらやばいと思っているくせに、自分の足跡を消す方法を考慮せずに遺体をとりに馬を走らせたってことになる。たぶんそのとき相当焦ってたんだ。切羽詰った状況にあった……」
「すると、正体がバレて追われてたってことか。追っていたのはブラックモアだろうな。だがそいつの正体がわかったのも運よくブラックモアだけだった……。だがブラックモアから逃げつつ遺体を回収したってことか?」
「逃げればいいって問題じゃあなかった……。自分が大統領から逃げるだけでは、その裏切り者が抱えている問題は解決しないんだ。だからジョニィとジャイロに助けを求めた……のか……?」
「わからないが、もしそいつも遺体を狙うなら、誰なのかつきとめておく必要があるな。今現在、俺の敵になりえない存在は君だけだ。戦力外ってイミで」
「わざわざ言わなくていいっての」

 それより私は、大統領が『遺体をくれてやるかわりにニューヨーク市長にしろ』っていう強欲すぎるディエゴの取引に応じたことが気にかかる。
 ただ、遺体の一部、それだけでも、マンハッタンに相当する価値が、ある……のか。少なくとも大統領の中では。
 遺体ってのは、なんなんだ? それほどまで、価値があるのか?
 もし、全て揃ったら……、それはいったい、どれだけのものになる……?
 いったい、なにがおこる……?
 なにか、とんでもないもののような気がしてきた。今更だが……。
 ディエゴはやっぱり、それが欲しいんだな。必要と感じていなくても、他のやつには渡しておけない……。うん、それは私も同じだ。もう、彼のレースの順位は、関係ない。彼が優勝するかどうかも……。けれど、それでも、貴方が勝てたら、いいと思う。
 紙飛行機にした契約書を、川の向こう側に飛ばす。私の目からは、すぐに見えなくなったけれど、ディエゴはそれを、どこまでも見つめていた。なにも言わないで、ただ。
 これで、貴方と私を繋ぐ物は、どこにもなくなった。
 あとはただ、意思があるだけで。



[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -