楽園偏愛録 | ナノ


▼ 01

 カンザス・シティに到着したら真っ先に宿をとって、ベッドに倒れこもうと思っていた。ハンググライダーは川に落下したときの衝撃で翼の形が歪んでしまっている。一応飛ぶことはできるけれど、このままではいけないから、修理に出さないと。なんとかその歪んだハンググライダーを畳んで背負ったとき、ブーツを引っ張られる感覚があった。ずっと私の腕に喰らいついてくれていた、小さな恐竜だ。どこかに私を誘導しようとしているみたいだったから素直についていくと、診療所のようなところにつれていかれた。私の両腕からだらだら血が流れているのを見て、白い服を着た女の人が驚いて私をその中に引き入れた。診療所のなかは清潔に保たれていて、それがなんだか眩しかった。川に落ちたときにワニのような生き物に噛まれたんだと説明して、どうにか納得してもらって、治療を終え、やっとこさ宿をとる。治療費は払えるときでいいと言われた。ありがたい。
 レースの参加者たちは、すでに何人かがこの街にゴールしている。
 恐竜がウザギの姿に戻らないでいるってことは、ディエゴは無事ってこと……なんだよな。彼が対立したであろうジャイロとジョニィも、まだここにはたどりついていない。いつも上位争いに食い込む三人が未だ姿をみせないということで、レースで賭けをしていた連中が何人か打ちひしがれていた。賭けか……。次のステージの賭けはまだ始まっていないよな……。
 宿のベッドに伏せる。床で恐竜がちょこまか動いている。ディエゴは、無事か。遺体は、結局手に入ったのか? ジャイロとジョニィはどうした?
 ああ、眠ろうと思ったのに。身体も重たいし、休もうと思ったのに。
 じっとしてられない。
 外に出る。医者の診断だと、足の骨のいくつかにヒビが入っているかもしれない、とのことだ。どうりで痛い! けどま、治療費待ってもらっているし、できるだけ早く金を手に入れないといけない。包帯でキッツキツに固定してもらっているし、なんとか歩けなくも無いって状態だ。レースを見に来ているらしい人間に声をかけていく。そいつが賭けに参加していたらアタリ。誰に賭けているか聞き、私は気の毒そうな表情になればいい。そしてまだ新聞記者も掴んでいない重要な情報があると嘯き、10ドルくらいで偽の情報を売る。貴方が賭けているそのレース参加者は、実は今回の草原を越えるコースで、馬の足に重大なダメージがある。賭けるなら別な選手にしたほうがいい。例えば今最も状態が良好なポコロコ選手、あるいは……。といった風に。何人かに声をかけていき、だいたいのレース参加者がカンザスにたどりついたらしいところで撤収する。ディエゴもゴールしたらしいと聞く。
あ、今回変装もなにもしなかったな。足を引きずって両腕に包帯を巻いてる女なんてわかりやすい外見的特徴、隠し切れないからする意味もないけれど。とりあえずこれで治療費は払えそうだ。ついでにハンググライダーを修理に出さないといけない。あるいは、新しいのを買うか……? そんな金あるかな。もちろん、交渉しだいではあるけど……。
 診療所に寄って治療費を渡してから、ともかく一旦宿に戻ることにした。時刻はもうすぐ正午になろうとしている。部屋に置いてきてしまったけれど、恐竜はどうしているかな。
 人ごみのなかを掻き分けて移動する。もともと決して小さな街でもない上、レースが開催されているから、人が多い。なるべく壁際を歩くようにする。それでもやはり歩きづらい。大柄な男性が、隣の女性に話しかけながらこちらに歩いてきた。避けないとぶつかるな、と思うが、間に合わない。肩同士が接触する。衝撃によろめく。壁に手をつこうと思ったけれど、ちょうど路地裏への入口になっている場所らしく、手を伸ばした先にはなにもなかった。そのかわり、

「なにをしていた」

 腕を掴まれる。
 ちょっと元気ないな。嵐の中を突っ切るのは大変だったんだろうか。

「金稼ぎ」
「君は馬鹿か」
「治療費が払えないところだったんだよ?」
「そんなのいつでもいいだろう」

 乱暴にそのまま引っ張られる。人ごみの中、ディエゴの後ろを私はおずおず歩く。私が足痛めてるって知ってるくせに、歩く速度を緩めたりしないな、この人。らしいけどさ。

「ディエゴ」
「なんだ」
「飛べたよ、私」
「そうか」
「ありがとうね」
「……そうか」

 貴方は、なんにも言わない人だ。思ったこと、全部、そうか、って、それだけの言葉につめこんで、それで済ませてしまう。
 その奥に隠されたものが知りたいんだ。それが私の、願いなんだ。

 ディエゴは私とは別の、質を妥協しない種類のホテルに部屋をとっているらしかった。砂漠での中継地点で泊まった部屋とは大違いだ。だってシーツが真っ白。ディエゴは部屋の窓を開けて、光を取り入れた。えらそうなかんじの椅子がひとつ、いい値段で売れそうなガラステーブルがひとつ置いてある。椅子のほうにディエゴが座ったので、私はベッドに腰を降ろした。体がわずかに沈む。

「怪我の状態は?」
「川に落ちたときの衝撃で足の何箇所かにヒビが入ってるかもしれないって。ブーツしっかり履いてたから足首は大丈夫ならしいんだけど、膝を痛めているって言われた」
「腕は?」
「恐竜に噛まれたところ? なんともないよ。こっちは」
「俺の恐竜に噛まれたんなら尚更、軽傷で済むわけがない」
「……」
「……包帯をはがして確かめられたいか?」
「……左は6針縫った。右はほんとに平気」
「……」
「……」

 ……なんだよ、なんか言えよ……。
 貴方がなんにも言わないの、私は嫌だ……。


 

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