楽園偏愛録 | ナノ


▼ 08

「キト、もう少し背筋を伸ばせ。腕に力を入れろ。ハンググライダーがずり落ちても拾いには戻ってやらないぜ」
「だから、腕ごとロープで縛って固定するって言ったでしょうが、ちょっとくらい馬を止められないの」
「ジョニィとジャイロに先行されていたとわかってのんびりなんかはしていられないな」

 小雨のなか、シルバーバレットが翔ける。雨で動けない私を後ろから抱えるように支えて、ディエゴは手綱を握っている。私は自分のハンググライダーを横抱きにしているので精一杯だ。走っている馬に乗るって経験もないのに、こんなの……。
 私の事なんて置いていけばいい。私が飛べないならそうするって、貴方言ったじゃあないか。なのに、なんで……。

「いいか、キト、この雨はじきに止む。雨が止んだら君は飛べるな?」
「うん。そうしたら降ろしてくれ。貴方にはちゃんと追いつくから」
「俺はゴールではなく遺体を目指すつもりだ」
「……なんだって?」
「おい、だから力を抜くなって、きちんと俺に身体を預けろ」
「ゴールを目指さなくてどうするんだ……。それに、遺体を目指すって……」
「場所はわかっている。ゴールであるカンザス・シティから遠くはない。順位をそれほど下げる気はないが……。万が一ジョニィとジャイロが遺体の位置に気づいていたら、遺体があいつらのものになることになる。それだけは避けたい」
「……言っていることはわかる。貴方は一度タイム・ボーナスをとっているから、これ以上無理してステージの一位を目指す必要はない。ジョニィとジャイロを危険視するのもわかる。遺体に関して私は口を出さないっていう約束だし……。けど貴方、それじゃあ彼らと戦闘になるかもしれないの、わかってる?」
「そうなるだろう。俺はリンゴォってヤツの果樹園を避けて通ったからジャイロ達と違ってタイムロスはないし、おそらく一時間ほど先行できている。だが奴らは必ず追いついてくるだろう。俺が遺体にたどり着く前に」
「そうなったら2対1だ! 私にも戦えっていうのか? 足手まといにしかならないよ!?」
「君なんかが戦力になるわけないだろう。期待はしていない。俺一人で充分だ。だから君はひとりで先にカンザス・シティへ向かっていろ」
「……」
「心配しなくても、俺は死なないし怪我すらしないし、このレースに優勝する」
「心配なんかしてない」
「じゃあどうしてリンゴォから銃を受け取ったんだ?」

 ……知っているのか。果樹園であったことは、ざっとしか話していないし、銃のことは敢えて伏せた。

「……、そうか、鞄の中に入れてた恐竜、私とリンゴォの会話を聞いてたのか、貴方、私がなにしてたか全部知っているってわけ……」
「何故銃をとった? 俺が君に守られる要素なんてないだろう」
「うるさいな、わかってるよ。ただ……。貴方がこのレースに優勝するためなら、私は銃をとるっていう、そういう覚悟を形として受け取った。私の自己満足だ。そうしなくちゃあいけないと思った。……命をかける。そういう意思だ」
「……、君がそんなことをしなくても、俺は平気なのにな」
「貴方は、ジョニィとジャイロと戦うことになる、それを覚悟、しているんだろ。貴方が……そうやって命をかけてまでこのレースに勝ちたいんなら、貴方に付いていくと決めた私が、生ぬるい意思だけを持っているわけにはいかないでしょう。貴方に負けたくない。それだけだよ」
「フン、そうだって言うなら、早いとこ君は、この雨にも勝たないとな――、ほら、止んだぞ」

 太陽が雲の切れ間から顔を覗かせる。恐竜の感覚を手に入れたディエゴは、天気予報もばっちりだ。馬から降ろしてもらう。あたりに高い丘などがないかを見る。少し歩く必要があるだろう。それでも遺体を目指すために道をそれるディエゴよりは早くカンザスに到着することができる……。
 雨が降らなければ、それはきっと確実な話だろう。
 ディエゴはカンザスへ向かえと言った。『今』ではなくても『すぐ』に、私に雨の中飛べ、とも言った……。
 ……雨が、降るんだ。きっと『すぐ』に……。ディエゴにはそれがわかってる。どのくらいの雨だろう? 私はそれに勝たなくてはいけない。
 ハンググライダーを背負う。驚いたことにディエゴは馬を止めたままこちらに顔を向けている。目が合った。

「……行かないの?」
「……そうだな、もう行く」
「……」
「……君は」
「……うん」
「俺に洗いざらい吐くのか? なにもかも言うのか? 俺にも吐き出させるために」

 まず君が洗いざらい吐くべきだな。
 リンゴォの言葉だ。元がウサギだしな、私の鞄の中の恐竜は、きっと耳がいいんだろう。

「……貴方が、私に秘密にしていることには、それくらいの『価値』があると思った」
「いつかは話す、それじゃあ駄目だっていうのかい」
「貴方がなにを考えているのかを知りたい。そして貴方を信じたい。だから『いつか』じゃあ駄目だ。……。今ではなくてもいい、けれどすぐに、……知りたいよ」
「……。わかった。カンザスで会おう」
「……うん」

 ゆっくりと、ディエゴは馬を走らせていく。徐々にスピードを上げて、草むらのなかに見えなくなっていく。私は歩きながら、その後姿を見ていた。
 きっともう彼は、はぐらかさない。
 私も、なにも隠さない。
 そうしたら、信頼できるか? してもらおうなんて思わないけれど、少なくとも私が、……彼を。
 信じるために。必要なことを……する。
 まず、私は飛ばないといけない。雨雲がいったん去って、あたりは青空だ。雨なんてとても降りそうもないけれど……。
 でも、降るんだな、そうだろ、ディエゴ。
 なら、今日のうちになるべく進んでおきたい。さっさと飛べそうなところを探さないとな。
 小高い丘の上を目指して、私は歩を進めた。
 あたりにまだ雨のにおいが残っている。そんなことも気にせずに。




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