楽園偏愛録 | ナノ


▼ 05

「先ほど貴方は『正当な殺し合い』を要求した。ただの新聞記者である私と貴方で殺し合いをして、勝つのは貴方に決まってる。はじめから負けると解っていて、殺し合いなど受けない」
「新聞記者? そんな目じゃあない。君には隙を見て俺を殺すくらいの覚悟があるだろう」
「……。オーケー。新聞記者なんかじゃあない。ただこのレースを追っているのは本当。貴方の殺し合いは銃によるものか? 私は銃なんて携帯していないけど」
「……もう一丁持っている。貸し出してもいい。細工がしていないから調べてもらっても構わない」
「……ああ、なるほど、そこまで、か……」

 なにがなんでも、この人……リンゴォは私と殺し合いがしたいらしい。銃での打ち合い。それになんの価値があるんだか……。単に人を殺したいのか? 正当防衛なら罪ではないしな。正当、そう、正当な殺し合い。殺人の正当化、ね。
 なにがなんでもというなら、もっと喋ってもらおうか。

「貴方がそこまで果たし合いをしたいのはどうして? 殺人衝動でも持っているの?」
「公正な果たし合いは、人を人間的に生長させてくれる。……そう思ったことは?」
「……人は戦いの中で生きなければならない。戦うことを放棄してすでに存在しているある程度の現状に甘んじる人間を、私は好まない……。そういった意味でリンゴォ、貴方のあり方は理想なのかもしれないな。が、私にとっての戦いは殺し合いなんかじゃあない。単に現状に甘んじない姿勢のことだ」

 もう一歩、後ろに下がる。彼が望んでいるのが本当に公正な果たし合いだというなら、私が武器も構えていないというのに撃ってなどこない。銃はホルスターの中に入ったままだし、このまま逃げることは可能だ。だけどそれじゃあ果樹園の中で迷ったまま……。
 ……いや、そもそもどうして迷ったんだ? プラムのせいで方位磁石が狂ったから? ……それはひとつの要因にすぎない。私の知らない、ほんとうの要因があるはず……。
 あ、聞いたら教えてくれるかも。

「この果樹園で私が迷ったトリックを説明していただけるかな」
「君には理解できないことかもしれない。それでもいいなら。それがオレと君の果たし合いをフェアにするなら……」

ああ、フェアね、そう、実にフェアだ……。決闘を申し込まれているというのに貴方に好ましい印象を抱いてしまうほどに。だけどその実直さは、フェアであれど勝利するための布石にはならないぞ……。
 ……私には理解できないこと、か……。
 ……それってまさか……。
 ……『遺体』の存在とスタンド能力は別……と考えていいよな、遺体を所持していたわけでもないフェルディナンドは恐竜化の力を使えていた……。なら、その情報を私が持っていても、私が遺体のことを知っているという事実には結びつかないはず……。

「……『スタンド能力』か?」

 ぴくり、とリンゴォの眉が動く。

「……君は」
「知り合いに何人かスタンド使いがいる。私はそうじゃあない。武器を持っていないから説得力に欠けそうだけど、武器は単に持たない主義なんだ」
「そうか……。オレのスタンド能力名は、『マンダム』……6秒だけ時間を戻すことができる」
「……ん……。その、えーっと、その戻された6秒……の記憶は」
「君に残る。まだ曲がってない道を曲がったはずだと思ったまま、君はこの果樹園を迷い続ける。オレを殺さなければ……」
「ああ、そういう仕組み! ってそれ私本当に勝てないじゃん殺し合いしても……」
「フェアな戦いをするために、今、オレの能力のことも話した……。これでも君は、オレと殺し合いをしないと?」
「ああ、うん。しないよ」

 たくさん喋ってもらえたから、もう充分だ。こっちの出方は決まった。さて……。

「まだイマイチよくわかっていないけれど、貴方の能力、例えば私が真っ直ぐ歩いていたら、あんまり意味の無い能力だ。私の側にたくさん歩いたっていう記憶が残るだけで……。そうしたら多分この果樹園から出られるんじゃあないか? でも、それはできないようになっている。方位磁石をプラムを植えることで無効にしているから、どこの景色も同じに見えるこの果樹園でまっすぐ歩いていくには方位磁石が絶対必要。逆にそれがあればOK、そのためのプラム。私がすればいいことは直線的に進むこと。リンゴォ、私はさっきこの果樹園から出ることを要求したような気がするけど、その要求を変える……。屋根の上を貸して欲しい」

 ぼろぼろの家の、屋根。乗れないことはないだろう。高さは微妙だが……。煙突の上に登れたらいいかんじかもしれない。そこから飛べる。果樹園を出られるまででいい、ほんのちょっとの高度と風があれば、私にはそれができる。

「貴方の許可はぶっちゃけいらない。屋根は勝手に借りる。私はハンググライダーでここを去る。あれなら道は関係ない。飛べばいいだけ。時間を戻されても私が迷うことはない。貴方は絶対に『公正な果たし合い』という状況下……つまり相手に殺意を向けられた状況でないと人を殺さない。そういう信念を持っている。私の側に貴方と戦う意思は永久にないと思ってもらおう。屋根に上ろうとする私を貴方が銃で撃ったりはしないと私は考える。……というわけで、私たちの間で『公正な果たし合い』の実行は不可能だ」
「……君は」

 苦々しげな表情で、リンゴォはホルスターから銃を抜く。私は動かない。
 ……公正な果たし合いを望む、か。自分から銃を抜くなんてしたくなかっただろうな……。

「……私は銃は持たない。そう決めてるんだ。貴方に銃を向けられても、戦闘には入らない。そんな人間を貴方は撃てない……。貴方側に、私に決闘を申し込める要素はもうないよ、リンゴォ」
「何故だ。君のような人間こそ、武器を持つべきだ」
「敵意は自分に跳ね返ってくる……。銃を持つってことは、銃で死ぬってことだと思うよ。貴方と私の違うところは、自分が生き残るってことを重視しているかどうかだね……。私の目的はあくまで生きること、貴方は生長……だっけ? 回避できる戦いは回避するさ。生き残るためならなんでもやる。その『なんでも』に、きっと人を殺す、ということが含まれると思う。私はそういう人間だ。自分のためなら誰かを犠牲にできる……。でもそれは今じゃあない。貴方を殺す以外に、私には道があるから。……この交渉は不成立」
「『交渉』……あくまでそう言うか」

 リンゴォは銃を下ろし、ホルスターに戻す。内心息をついて、私はハンググライダーを背負いなおす。



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