楽園偏愛録 | ナノ


▼ 04

ドアを開けて出てきたのは一人の男だった。腰のホルスターに銃がさしてあったのが目にとまったけれど、危険な動物でも出るのだろうか。それともSBRレースにともない武装したか……。まぁ護身用ってところだろうし、べつに変じゃあない。
 ……ないんだけど……。
 なんなんだろう、この男の雰囲気……嫌な感じはしないけど、なんとなく気圧される……。ディエゴに、初めて会ったときみたい。……だったらべつに怖気づくことはないか。

「すみません。SBRレースを追っている記者のキトと申します。2,3お伺いしたいのですが」
「……はい」
「レースの参加者は高確率でこの果樹園を突っ切るコースをとると思います。参加者の姿を見かけたりしましたか? あるいは馬が走り去る音を聞いたり……」
「……いいえ、ここ数日で訪ねてきたのは貴方一人……」

 おっ、じゃあディエゴに追いつけたっぽいな。夜になったら恐竜にディエゴのところに案内してもらえるかも。

「ありがとうございます。もう一つの質問はどっちかっていうとお願いになるのですけれど、木になっているプラム、いくつかもらっていっては駄目でしょうか? 見たところ収穫時期は過ぎているのに、ひとつもとられた形跡が無い」
「……少しなら、どうぞ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「ええ。……それではまた」

 ぽつりと最後に呟いて、男はドアを閉める。……それでは、『また』? って言ったか? あの男。気のせいかな……。まぁいいやプラムゲットしたし。なるべくいいやつ選ばないと。
 ズタ袋にプラムを詰めながら、果樹園の出口を目指す。来た道を引き返せばいいだけだから簡単だ。それくらいなら覚えている。自分の足跡をたどる必要もない。プラムをとりながら出口を目指して歩いていると、どうやらいつのまにか引き返してきてしまっていたみたいで、再びさっきのボロ家が見えてきた。……プラムをとるのに熱中しすぎたかな? 今度は真面目に行こう。出口を目指す。しかし、いくら歩いても果樹園は途切れず、また同じ家が見えてくる。
 道に迷った? ひとつの方向を目指して歩いていたつもりだけど……。まぁ、迷いやすい場所ではあるんだろうな。まっすぐ進めればいいんだなと思って方位磁石を取り出すと、針が狂ってしまっているようだった。ああ、周りに鉄分豊富なプラムがある上、そのプラムが詰まったズタ袋が入ってるのと同じ鞄に入れといた方位磁石だもんな……。まぁなんとかなるだろ。再び歩き出す。広い果樹園だ。すでに数時間を無駄にしている。でも、レース参加者はまだここにはたどり着いていないようだ。余裕があとどれくらいあるのかはわからないけど、なるべく早くここを出たいな……。
 そして歩いていった先にあるのは、またあの家。
 いかん、私は方向音痴だったのか。初めて知ったぞ。
 申し訳ないなとは思いつつ、再び家のドアをノックする。男はすぐに顔を出した。

「すみません。道に迷ってしまったみたいで……。街道に出る道を尋ねても?」
「……ええ、簡単です。オレを殺せばここを出て行ける」

 ……。
 ……。
 ……聞き間違えじゃあないよな。

 思わず2,3、歩後ろに下がる。警戒しとくべきだったか? ああそうだホルスターに銃! 私銃持ってないぞ。こいつ、なにが目的だ?

「……『殺す』という単語を使った瞬間、目の色が変わったな」
「なんだって……? 貴方、ひょっとして……いや、」

 『遺体』を集めている連中! 政府の人? そうか、ここがレースのコース上にある場所なら、そこにあるボロ家を買い取って、そこに刺客を住まわせるとか……そういうことできるもんな。それか、元々住んでいたこの男が、すでに政府に雇われていたり……。でもそれをうかつに口にするのは私が『遺体』の存在を知っている……ということを知られてしまうことになる。それはまずい。でも……この男が政府の刺客だと仮定して、何故無関係に見える私に……?

「貴方の目的を教えて欲しい」

 何度も何度も、ディエゴに聞いたこと。目的を知ること。とても大事なことだ。あの人ははぐらかす。いつもいつも……。

「目的……。まず礼儀をとって名乗らせてもらっても?」
「あ、ああ、そうしてくれると嬉しい」
「名はリンゴォ・ロードアゲイン。目的は……『正当な殺し合い』」

 目的……。答えてくれた、かんたんに……。でも内容ヤバいぞ、殺し合いだって?
 ……。
 ……ディエゴよりは話の通じる人間……だと思う。けど、己のなかに確固として持っているなんらかの信念のようなものを感じる……。私との価値観の相違だ。さて、私のここを出て行きたいという要求は通るか? 殺し合いなんて経験ないぞ……。やって勝てるわけがない。

「……先ほどは名前だけで失礼した、私はキト・フライメアといいます。名乗るのは果し合いを始めるためじゃあない……。貴方と交渉するためだ」

 『正当な殺し合い』
 それが彼が私に要求すること。
 『この果樹園から出ること』
 これが私の要求。
 殺し合いより、話し合いのほうが性には合う……。
 さて。
 じゃあまず、相手のことを知らないといけないな。




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