楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03


 草原は、どこまでも草原だ。ゆるやかな丘を探すしかない。私には一番きついコースだ。なだらかで……馬にはいいかもしれないけど……。砂漠を越えて、だんだん雨も降るような地域になってきた。雨は、私には駄目だ。大丈夫だと思ってたのに……。なんで……だろ……。両親と別れた嵐の夜を思い出すからか? トラウマ? この私が? まさか……。だいたい殆ど覚えていないじゃあないか。これ、どうにかしないと……。雨の日じっとしていること、今までならなんともなかったけど、大陸横断には致命的だ……。
ディエゴはまだ見つからない。キャノン・シティを立ってから十日ほど経っているが、未だ彼の姿は見当たらない……。認めたくないが完全に見失った……。レース参加者たちが通るであろうコースも時々チェックしているけど、私は私の飛びやすい道を選んで一刻も早くディエゴに追いつかなくちゃあいけない。雨が降るたび私の体は動かなくなる。圧倒的な存在を前にしているみたいに、筋肉が緊張して自分じゃあ動かせない。雨が降りそうだったら早めに地上におりて、雨の日いつもそうしていたようにじっと、雨雲が通り過ぎるのを待った。そうするしかない。これがかなりのタイムロスになっている。夜もできるだけ前に進むようにしているけれど……。それでも足りない。あと食料もそろそろ無い。ディエゴに追いつけても、確信のできる情報も街では得られなかったし、手土産になんか持って行こうか……。

 眼下で、草が揺れている。風が通るのが、そのまんまわかる。草が、波だっている。小麦畑がずっと続いている。今は……春小麦の収穫時か? んん……。どこかでなにか貰えないかな……。金は……変装グッズ買ったら尽きてしまったし……。どうにか交渉できないか。街で買った服、もう使わないと思うし、あれと交換で……まだ新しいし……。だとすると娘さんのいる農家だな。さすがに空からじゃあわからないから、てきとうに降りてみよう。
 といっても小麦とか貰っても困るし……。なだらかな山がある。山に近づけば地質が変わるし、育てるのに適した作物も変わってくる。遠目だが、果樹園のようなものが見えてきた。なにを育てているんだろう。今っていろいろ収穫時期だよね。取れたてがもらえると嬉しい。ま……とりあえずあの果樹園に降りてみようか。
 ハンググライダーを果樹園の入口で着陸させる。私は空から直線的に進むことで近道をしようとして進んでいたけど、ここ、丁度レースのコース上にある果樹園だ。レース参加者は回り道をしたくなかったらこの果樹園のなかを通っていくことになる。だとしたらその旨を、この果樹園の持ち主は政府から伝えられているんじゃあないかな……。うーん。作物くれるかな。というか娘さんいるかな。
 ハンググライダーを背負って、歩き始める。木になっているのはプラムだ。鉄分豊富。おいしい。これ貰いたい。……さて、何故プラム? 珍しくはない。ここの地質にも合っている……。だが木に生っているのが全てプラムなのは不思議だなぁ。プラム専門農家? まぁ、プラム市場を支配してるとかなのかもな……。それかよっぽどのプラム好き。趣味の果樹園なのかもしれない。いや、それはないなこれだけの数……。商売用? うーむ……。いや……でも……どうしてかな……収穫時期……なはずだろ……なのにまだこんなに生っている……。熟れすぎて地面に落ちてしまっている果実もある……。妙だ……。今は人が居ないのか?
 しばらく歩いていくと、一件の民家が見えてきた。人気がないってわけじゃあないが……なんとなく寂しい感じのする家だな。ぼろぼろだし。このへんの地域の多くの民家がそうであるように、大きい一階建ての家だ。住んでいるのは一人か? 薪を割った後がある……。煙突から煙も出ている……。生活がそこにはある。だが……。私の服とプラムが交換できそうな雰囲気ではないな……。娘さんいなさそう。辺りの足跡も……新しいのは男のもの、ひとつだけ。馬の足跡もなし。
……あ、というとレース参加者もまだこの地点にはたどり着いていないのか? 先回りできてる? ……追いついた、のか? ディエゴは今どこにいる? このへん見張ってれば通るかな……。そうだ、雨で馬の足跡が消えただけかもしれない。レースの参加者がこのへんを通過したならやっぱりあの家に住んでいる人に聞けばいいだろう。駄目もとでプラムもらえないかも聞いてみよう。
 割れた窓が板で塞がれ、ドアも床も崩れかけの家。金に困っているなら作物で収入を得るしかないと思うんだけど……。それでもプラムを収穫しないのはなんでだ? 商売のためでもない。収穫してないってことは食べるためでもないのか……? それともなにか収穫ができない事情が? いや……『目的』なのかもしれない。プラムを収穫しないことになんらかの『意図』がある……?
 ……。
 ……あるわけないか……。ただの農家だし。

 妙ななにかを感じつつも、私はその家のドアをノックした。




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