楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02

 とりあえず大統領から調べようと思ったら、どうやらいきなりヒットだったぽい。
 昨日アポがとれたので政府の内情に詳しいとされる人物と酒場で待ち合わせをして、話を聞かせてもらってきた。いや、酒場で実際に待っているのが政府の刺客で、いきなり刺されりしたらどうしようかと思ったけど……。政府の建物の受付案内人は、どうやら私の話を信じてくれていたみたいだった。
 さて。
 メモ帳を開く。

・大統領は大統領になる前、サンディエゴの東を捜索するグループに加わったことがある
・そのなかで生きてかえってこれたのは大統領だけだった

 ……わりと……そうだな、決定的……。怪しむには充分……。まだ決め付けたりはしないけど、これは、アタリの情報で間違いないだろう。
 まずサンディエゴだ。このSBRレースのスタート地点。場所の一致。意味がある。ヴァレンタイン大統領がこの捜索に加わろうと思ったのにも、同じく意味がある……。この捜索に彼が加わった理由は彼の個人的な目的のものだと思う……。この捜索に加わったからと言って彼の社会的地位に変化があるとか……大衆の彼に対する見解を操作できるとか……そういった効果は見込めないからだ。このサンディエゴで彼……彼の居た捜索隊は謎の事故に会っている。砂流にのまれた……。砂流ね。砂か。ディエゴが言っていたことだけど……彼が左眼の遺体を手に入れたのも砂の上だった。たぶん、あの丘のこと……。おかしな風の吹く、不思議な地形……。
 ヴァレンタインはサンディエゴで遺体を手に入れたのではないだろうか。その資格が……捜索隊のなかで、彼にだけあった……彼は試練のなか生き残った……。いや、わざわざその捜索隊に加わったところをみると、そこに遺体……少なくとも『なにか』があるのを彼は知っていた……。そして遺体を……見つける……。サンディエゴから帰った後、彼は社会的地位を急激に上げ、大統領にまでのしあがっている。彼の力? それとも、それが遺体の効果……? とにかくそれで彼は遺体の価値を知ったのだろう。それで……残りの遺体も欲しくなる……。スティール氏と出会ったのはそんなときで……。彼はレースの構想を聞く……。私ならこう考える……そのレースを遺体集めに利用しよう……と。

 まぁ、すべて仮想の話だ。仮の話。ディエゴに明確じゃあない情報は持っていけない……。もう少し、決定的ななにかが欲しい……。……。刺客……大統領の下にいる刺客はどのくらいいるんだろう……。そいつらはやっぱりスタンド使い……なんだろうか……だとしたら私が接触を図ろうとするのは無謀……。……どうしたら……。
 ……考えても仕方がないか……。
 この街にこれ以上の情報はないと考える。とゆーか、情報提供者に渡した偽の名刺が偽だってバレる前にとんずらしないと私がヤバイ。さっさと飛ぼう。名刺に書いたのと同じ名前で宿とっちゃったから危ないかも。私がとってるこの部屋は二階だったか……。うーんこの街の建物じゃあどこからも飛べないな……。早く街を出て高台を探そう。



 人目につかないように街を出て、どこかに高い場所がないかを探す。ディエゴは昨日すでに出発している。鞄の中におしこめた恐竜は元気だが、私と意思疎通ができるわけじゃあない。恐竜の知能レベルは元になった生物に依存する。ウサギが字なんか書けるわけないしなあ……。ディエゴが近くに居たら教えてくれるとは思うけど、それにはまず私が追いつかないとね。一日で馬は50〜70kmくら進むから……ええっと……。大丈夫かな……。風があればハンググライダーは100kmくらい出せるらしいんだけど、これあくまで滑空の道具なわけで……。しかもこのステージ、山を越えてしまったから高台が少ない……。地図を広げて、等高線を目で追う。東に行くとこのへんで一番高い丘がある。そこまで歩こう。ハンググライダーの利点は、直線的に進めることだ。コースをしっかり確認する。ディエゴは私のために自分の進む速さをゆるめたりなんかしないだろうし、私がマジで頑張って追いつくしかない。あの街に留まって情報を集めたいと思ったのは私自身なわけだし……。数日間は単独で進むしかないな。
 丘を目指して歩いていく。緑が多くなってきた。木々も生い茂っている。まだ開拓されてない場所が所々にあって、その合間を縫うように農場がある。このあたりは放牧が中心だろうか、もう少し東に進めば、畑もあるかな……。
 ぽつりと、腕になにかがあたった。冷たいと感じた。水だ。空から水滴が落ちてきた。空を見上げると、太陽が影って、灰色の雲があたりを覆い始めていた。
 雨……。そうか、もう、砂漠は越えたもんね……。雨くらい降る……。
 ひとつふたつ、水滴の数が多くなる。それが身体にあたるたび、私は自分の体が凍っていくように感じた。

 雨の日は外に出ない。じっとしている。昔からそうだった。雨に当たると、私はうごけなくなる。麻酔をかけられてみたいに、手足が震えだして、動かせなくなる。
 なんで……ただの雨だ、自然現象……恵みの雨って言うだろ……。なのに……。

 しとりしとり、静かに雨が草原の草に音をたてて落ちていく。
 草むらのなかで息をしなながら、横たわった自分の体が、震えている。ぴくりとも動けない。雨が身体を濡らしていく。水滴のひとつが涙みたいに頬を伝った。
 この気持ちは、なんなんだろう。雨が降ると、ひとつの感情に、心がうめつくされていく、いつもそうだ……だから動けなくなる……。ごろごろして、胸のあたりにひそんでいる……。
 これは……なんていう……感情……?

 動けない。ディエゴに追いつけない。致命的だ。わかってる。なのに……。焦らなくちゃいけないのに……。べつの感情がそれらを塗りかえていく。
 雨の中で、私の心は、得体の知れないものに支配される。



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