楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03

 暗闇のなか、足音がする。家からもれる光以外に、明かりはない。うっすらと月明かりだけが自分の姿を照らしているのがわかる。屋根の上に登った私はハンググライダーを広げていた。幸いこの家のすぐ隣は崖になっている。いざってときはすぐに飛べる。しばらく様子を窺っていたが、開いたドアから村人が出てくる。が、様子がおかしい。暗くてよく見えないが、まず姿かたちが人間ではない。服などを着ているようなかんじがするし、今あれはきちんとドアノブを回してドアを開けたのだ。しかし……。
 尻尾。
 見えたのはそれだ。人間には絶対にないもの。ネズミのように細いものではなく、トカゲやワニなどの爬虫類を彷彿とさせる太く頑丈な尻尾だ。二本の足で歩いているようだが、両の手にも違和感を感じる。人間ではない。ではあれはなんだ?
 そうしているうちに次々と民家のドアが開いていく。出てくる生き物の姿はみな一様に現実味のないものだった。人間サイズのトカゲ。ただし二本足で立ち上がることができる。それがわらわらと……。私は息をひそめる。一階建ての民家の屋上でハンググライダーなんか広げていて目立たないわけがないし、いつでも逃げる準備はできている。しかしその正体不明の生物は私の居るほうには目もくれず、崖の下に軽快な動きでおりていった。すべての生物が視界から消えてやっと私は息をついた。
 ……今のは……いったいなんだ……。
 村人が化け物に変わった? 何故? オカルトには詳しくないが……。そういう村なのか、ここは。化け物が人間の姿をして暮らしているのか? 迷い込んだ旅人を夜になってから襲い喰らうのか……?! だとしたらディエゴが危ない。彼はどこかでこの村の危険性に気が付いたんだ。それで私にあの布切れでメッセージを……?
 ……だとしたら今彼は……。
 メッセージの内容を見るに、それほど切羽詰った状況に彼がおかれているというのではないだろう。しかし、だからといって余裕もなかったはず。いったいどうなっているんだ? ……。
 彼は私に『すぐに逃げろ』という指示は出さなかった……。この村が本当に危険かどうか、あのメッセージを書いた時点で彼には確信がなかった。自分は私の後に逃げるつもりのようだった……。少しでも危険を感じたら、彼はこの村から脱出することを考えたはず。昨日、狼の群れを見たときはそうだった。でも今回、それはしない……。すぐには逃げない……。
 ……。
 ……彼にはなにか目的がある……。
 この村で果たさなければならない目的が。だからまだここに留まる気でいる。その目的を遂げたら私に合図を送り、ここを去る気だ。
 ……その目的とは……?
 私には想像もつかないな……。離れるべきではなかったのだろうか。この村がなにかおかしい、という前提で考えているが、そうだとするとディエゴだけではなくジャイロとジョニィも同じような危機のもとにあるはずだ。三人は今一緒にいるのか?
 ……村人……化け物たちはみんな崖の下へ向かっていった……。まっさきに……。崖になにがあるんだ……。まさか……ディエゴ……? あるいは、ジャイロ・ジョニィ、誰かが、あの化け物たちに追われている……?
 いや。
 あの化け物たちが村人であるなら、彼らが襲うのは部外者である私も含まれるはず。私が馬鹿みたいにスルーされているのは何故だ? 彼らが襲うのは部外者ではなく、もっとそれ以外の条件……。その条件にジャイロ・ジョニィ・ディエゴのうち誰かが当てはまっていて、そのせいで今追われている、と考えていいんだろうか? 性別とか、レース参加の有無とか……人種? わからない。何故私はここで無事でいるんだ……。

 ふと、屋根の下で動くものが見えた。先ほどディエゴからのメッセージを運んできた生き物だ。よく見るとさきほど見た村人たち……化け物たちと同じ種類の生き物だということがわかる。こいつは小さいけれど……。そいつはなにかを探しているようだった。ディエゴは村人たちと同じ種類のこの化け物にどうやってメッセージを届けさせたんだ? この生き物はディエゴの支配下にある……。手なずける方法でもあるのだろうか。ともかく私は飛び立つ準備をしていた。
 可能性のひとつとして、この生き物は私を探している。もし見つかったらもっとでかいのを呼ばれるかもしれない。ディエゴにあらゆる生き物には触れるなと指示されている。なら私はすぐに逃げたほうがいい。
 もうひとつの可能性として、この生き物はディエゴの支配下にあり、さきほどもメッセージを運ぶのに使われた。ディエゴがどうやって私に『合図』を送るのかが疑問だったけれど……。この生き物の存在がその『合図』なら。結局私はこの場を離れ、先に進まなくてはいけないわけだ。
 どっちにしろやることが同じだっていうのはいいことだ。私は立ち上がり、飛び立つ準備をする。その動き、あるいは音に気が付いて下にいる生き物が声をあげた。ぎぃぎぃとうるさい声だが、仲間を呼んでいるというよりは私に向けて発せられており、威嚇のものではないという感じがした。そしてよく見ると生き物の首には細くちぎられた布が巻き付いている。……ディエゴがメッセージを書き記した布と同じものだ。これが『合図』ってことでいいんだよね? じゃあ、とりあえず。

 真っ暗な闇の中に私は飛び出した。





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