楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02


 双眼鏡を覗く。頭上の私に気が付いたディエゴは上を見上げずに手で合図を送ってきた。
 各自個別行動・他人のふり。
 了解。彼の近くを他の選手が走っているのが見える。ジャイロとジョニィだ。彼らも私たちと同じくキャンプではなく村に向かって宿泊したほうがいいと考えたのだろう。こういうこともあると思っていた。となると私は……。えーっと、中継地点で初めて会ったっていうことになってるけど、それを知ってるのはあそこに居た係員だけで……。うーん。ボロが出るといけないから、なるべくあの三人と会わないようにしよう。一足先に村へ飛ぶ。少し飛んでいる高さが足りない。やはり一度近くの丘におりる。そこを登って再び飛ぼう。
 降り立ってみると、丘の上の地表は砂で覆われていた。風に吹かれてうごめき、常に形を変えているように見える。砂がクッションになって着陸が楽だった。けれど、どうして砂……? こんな山の上に。砂漠ですらなかなか見かけなかった砂を、ロッキー山脈で拝むことになるとは思っていなかった。まぁ、このへんの気候は乾燥傾向にあるし、砂で覆われた丘があってもおかしくはない……のか……?
 いや……。
 砂って言うのは、ようは、大きな岩があって……それが運搬作用によって削られてできる。この砂は……どうやってできたんだ? 風による風化くらいしか思い当たるものはないけれど……。
 ……この砂……風に巻き上げられて、下に落ちていったりはしないんだな……。どういう風向きになっているのかわからないけれど、いったん巻き上げられた砂が、見事に地面に吸い寄せられていく……。そういう風の吹く、特殊な地形なのか? だったらここに砂があるのも頷けるけど……。
 ……でも、あんまりいい感じはしないな。自然の神秘ってのは偉大だけど……。わけのわからないものは不安だ。ディエゴとジャイロ・ジョニィの様子次第ではこちらで一晩明かすというのも考えたけど、とっとと村に向かおう。野宿してても村人に気味悪がられるだけだろうし、素直にどこかの家に泊まらせてもらうか、あるいは空き家があるかもしれない。踏み込みにくい砂を蹴って、私は砂の丘を後にした。



 村人はSBRレースの存在を知っているらしく、快くレース参加者を受け入れているようだった。私が記者だと言うと、なら貴方にも、と空き家に案内された。なんというか……。少しは疑わないのだろうか、記者である証拠を見せろとか……。実際言われても対応に困るからいいんだけれど、中継地点に居た係員はなかなかに不審そうな目を向けてくれた。そっちのほうがかえってやりやすいんだけどなぁ……。まぁそうも言っていられないか。
すぐに日は落ち、ありあわせのもので食事を終わらせた私は、ハンググライダーの手入れをしていた。翼はなんだかんだ布でできているわけだから、こまめに見てやらないとそのうちビリっといくかもしれない。それだけは避けたい。本来ハンググライダーに乗るときはパラシュートを背負うものらしいが、それでは旅の荷物が持てないし……。私はこの翼に命をあずけているのだ。ほつれているところを丁寧に修繕していく。こういう作業はわりと好きだ。
 村の夜は静かだった。ひと気がない。人口の少ない集落なんだし、このくらいがあたりまえか。それでも、レース参加者たちを迎え入れるときは賑わいがあったと思うけど……。まぁ、夜だしな。
 ふと、視界の隅になにかをとらえる。家の壁の影にかくれてすぐ見えなくなった。小動物のように見えたけれど、今の、なんだったんだろう……。大きさからして狼などではないから安心するけど……トカゲとも違う……でも爬虫類のように見えた。見たことないものだった。山の上に住む特殊な生物なのか?
 小動物の見えた場所には、布切れが一枚落ちていた。風に飛ばされそうだったのであわてて引っつかみに行く。さきほどの動物がこれを落としていった? 伝書鳩が手紙を運んでくるみたいに……?
 手紙……メッセージ……。
 あわててその布を広げる。インクだか血だかわからないがとにかくなにかで文字が綴ってあった。においを嗅いでみるとどうやらインクのほうらしい。緊急事態ではないということだ。
 いつのまに動物を手なずけるようになったんだ、あの人は。
 布きれにはこう記してある。

『キト、すぐにこの村を出れるように支度を。俺が合図したら飛んで、先へ進め。場所は火を焚いて知らせろ。すぐ追いつく。
       PS 何であろうと生き物には触れないように』

 ? 生き物に触れるな? 村を出て行く準備をしろ? 命令オンリーだな! 理由がどこにも書かれていない。そうしている余裕がなかったのか。インクで布に文字を書き記し、動物に託す、それだけの余裕しかなかったってわけだ。……この村でなにが起こっている? 生き物というのは人間も含むのか? 村人にも?
 ぎぃ、とどこかのドアが開く音がした。そんなに遠くでもない。村人にも接触しちゃあいけないっていうなら、ああ、貴方が言うなら、そのとおりにしてやるさ。空き家のなかに立てこもるのが早いだろうけど、すぐに出て行けるようにってんなら私は高い場所にいないとね。屋根の上に登ろう。ハンググライダーを折り畳む。このくらいの距離ならロープは必要ない。私は荷物をまとめると、石造りの家の壁に手をかけた。




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