楽園偏愛録 | ナノ


▼ 01

 人が皆平等である必要はない。力のあるものだけが生き残る。才能も強さも持たないものは死んでいく。このときに言う才能はいろんなものを指す。社会に適応する能力は一番大事なものだ。それを持たない者は死んでいく。ただし、力があれば生き残れる。なにかが、なくてはいけない。生き残るための決定的ななにかが。
 私のなかにはある種の妥協がある。
 負けたなら敗北者でいい、という妥協だ。自分になんの価値もないと……決定的ななにかを見つけてしまったなら、私はもうなにも望めなくなる。それを容認する。そのかわりに、自分になにかの価値が付属する余地があるのなら……なにがあろうとそれを追い求め、自分を諦めない。ある種の妥協。
 どう生きるかなんて人それぞれだし、なにを幸せと思うのかも、同じく……。だけど私は自分の人生がこのまま終わるなんて嫌だし、だからこそこうして命をかけて足掻いている。ディエゴ・ブランドーはそのための手段にすぎない。
 それが私の認識だ。
 変わるはずのない認識。


 月の姿も木々に隠れて見えない森の中、私は枯れた木に背をあずけて目を閉じていた。眠ることになるかどうかはわからない。ディエゴの身じろぎする気配がする。彼もまだ眠っていないのだ。なんにも言いやしないけれど、多分、なにかを警戒している。だからなかなか眠りにつかない。山に入ってからずっとだ。このサード・ステージではロッキー山脈を越える。空から森のなかは見えないから、私は時々ハンググライダーを背負って険しい道を進む彼の馬の隣を歩く。そのときもずっとだった。恐れているのではないと思うけれど、回りのものをいつも以上に深く観察しているようだった。実際私も何度か動物の気配のようなものを感じていたし、もう砂漠ではないのだから、肉食の猛獣があたりまえのようにそこらに潜んでいることだろう。
 だからって眠らないのはどうなんだ。見張りをするって言ってくれれば交代でやったりできるのに。

「キト、起きているな」
「うん」
「夜、いつも狼の遠吠えが聞こえていただろう」
「んっと……そう?」
「ああ、あれが今日は近くで聞こえた。まわりにいるのかも」
「……火を焚こうか。貴方の馬を守らなくちゃ」
「頼めるか。俺は辺りの様子を見てくる」
「えっ」
「どうした?」
「なんでもない! きっ……気をつけて」
「ああ」

 焚き木用にと持っていた木を何本か束ねて、縛る。油を染みこませた布を先端に巻きつけて、火をつける。マッチの扱いは少し苦手だ。ディエゴはこれが上手い。でも、火をつけるときいつも私にやらせる。力加減を間違えてマッチを折ってしまったりする私をニ、三の言葉で軽く罵ったあと、お手本を一度だけ見せてくれる。私はそれをよく観察し、どうにか一発で火をつけられるようにはなった。
 炎をかざし、辺りを照らす。
 大人しく佇んでいるディエゴの馬の傍らに立ち、辺りの音を聞く。ディエゴの足音は聞こえない。遠くまで様子を見に行ったのか。ほかの生き物の気配も今はしない……。動物は一応、火で追い払えると思う。けど、ディエゴは……。ああ、火くらい持っていってもらえばよかった。銃を護身用に持っていたとは思うけど……。それで狼が追い払えるか? それになにも見えない、こんな暗い、森の中……。

「キト!」

 草の揺れる音と一緒に、ディエゴのシルエットがかすかに浮かび上がる。炎の明かりに照らされて目が光っている。猛獣よりも鋭い目。動物なんかにこの人が食われるわけはなかったか。

「こっち。どうだった?」
「狼が群れでいるようだ。ここはいざというとき動きにくいから移動する。昼間飛んでいるときにいい場所でも見なかったか?」
「……少し歩くことになるけど、森を抜けた場所に岩肌が露出しているところがある。崖になっていたから明日そこから飛ぼうと思って目をつけていた……。そこに抜けられる道が狭いから、そこで火を焚けば動物は寄り付かない」
「わかった。案内してくれ」
「うん……。あのさ」
「なんだ?」
「火は私が見ているから、そこについたら今日は眠ったら」
「……ついたら考える」
「……ありがとう」
「…………、なんだって?」
「最初のころ、砂漠では、私に見張りなんかまかせておけないと言っていたでしょう」
「今もそうだ」
「そう?」
「ああ。……さっさと行け」

 私が彼の前を歩くって新鮮だな。前を飛ぶことはあるけど……。いつだって行く先は彼が示していた。まぁ、彼のレースなんだし、当たり前なんだけど……。
 岩場につくと、彼は私から松明をぶんどって馬を立たせておく場所を探した。その間に私は焚き木を集めて、火をつけた。いくつもいくつも木をくべる。オレンジ色の炎がときどき風にゆられて、ひとつの生き物がそこにいるかのようにくねり、ゆらめく。

「キャンプはなるべく避けたいな……。君は猛獣の気配に疎いし、明日は山の中にある村を目指して進む。それで構わないか」
「あ、ああ……。うん。えっと、」

 あわてて地図を広げて、村の位置を確認する。崖の上に寄り添う集落、といったところか。降りられそうな場所はあるかな……。近くに丘がある。こっちなら着陸可能だろう。いったんそっちに降りて、村へ行くルートを見つけるか……。または丘から見て村付近の降りられそうな場所を探して、飛ぶか……。行ってみないとわからないけれど、とにかくできないってことはないだろう。

「わかった。山を一気に登ることになりそうだから、貴方より先に出発する。夜明けは待たない」
「ああ。……行くときに起こせ」
「……! うん」

 見張り、まかせてもらえるのかな? 高度が上がるたびに、気温はどんどん低くなる。私は毛布で身を包んで、火を、そしてその奥に動物の気配がないかを見ている。岩場の影に、ディエゴが横になっているのが見えた。寝てるんだよね……。確か寝つきはいいんだよな……。便利な体質だよ。このレース向き。
 山風が冷たい。うっかり眠ってしまったりってことはなさそうだ。炎を見つめながら、私は座れそうな岩場を探して腰掛けた。

 

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