楽園偏愛録 | ナノ


▼ 12


「飛ばすぞ」

 明かりのついた部屋で、ディエゴが言った。借りっぱなしはいけないと思ってさっき買ったグローブを手になじませながら、私はそれをベッドの上から聞いている。思えば二人同時に物資調達っていうか買い物を行わなかったのは、記者とレース参加者という表面上の関係を疑われないためだったのだろうか。じゃあなんで私の買い物にこの人ついてきたんだろうっていう疑問も残るけど。まーそのへん結局私が気にしなければいいってだけの話だったりするんだよなぁ……。ディエゴから見たらきっとなんの問題もないんだろう。

「係員によるとトップのジャイロ・ジョニィは丸一日以上先に進んでいる。無茶をするつもりではこれっぽちもないが、君にはそう見えるかもしれない」
「そうなると……、私は風と高台次第だから、貴方に追いつけなかったり、見つけられなかったりすることがあるかもしれないってことだね。オーケー、砂漠のことも少しわかってきた。一日や二日なら、身につけているものでなんとかなると思う」
「ああ。月が出ていれば夜も進もうと思っている。逆に、陽射しの強すぎる時は動かないほうがいいかもしれない」
「うん」
「……平気そうか」

 椅子の上からじっとこちらを見る目。逸らさない。できるか、と、私に聞け、ディエゴ。私はそれらに全て応えてやる。それが私のできることだ。

「ああ。貴方の足は引っ張らない。最終的に私が手に入れたいのは金……。それを確実に受け取るには、まずあなたにこのレースで優勝してもらわなくちゃあいけないからね」

 ステージごとにあるタイム・ボーナスは魅力的だ。なにがなんでもとってもらわないと、特にファースト・ステージでそれを勝ち取っているサンドマンとは張り合えなくなってしまう。
 地図を広げる。この先は砂漠であり、山でもある……。ロッキー山脈。グランドキャニオンにも近い。深い谷に、突き抜けていく風……。それをつかめたら……。砂漠の空気は乾いている。汗もかけない。呼吸をしただけで喉が枯れる……。レース前半の最もつらいコースがここだろう。あと心配なのは五大湖周辺の寒さくらいだ。
 水場……結局ほとんど役に立てなかった。私が見つけられないとかじゃあないんだけど、ディエゴの勘と観察力がとんでもなく良い。空からの視点は必要ない。
 そしてこれからのステージでは、もっと……。

「……考えればこの協力関係が成立するのはせいぜい砂漠でのみ。砂漠を越えたら、マンハッタンまでお別れか……。場合によっては明日出発した時点でそうなることになる。……ディエゴ、貴方が妙に大盤振る舞いだったのこのせい?」
「ん? ああ、そうか。そういえば砂漠のみの協力、ということだったな」
「忘れてたのか……。いや、まぁ、この先進むところは同じだし、宿泊施設が一緒になることもあるだろう。そのときはよろしくね」
「君はそのつもりなのか?」
「お互いそのほうがいいだろう。荷物もさ、なんとかハンググライダーで自分のぶん、運んでみるよ。身体に完璧に固定できるタイプの鞄も手に入れたし……。一人でも大丈夫だ。仮にそうでなくても、貴方の気にすべきところじゃあない」
「……そうだな。砂漠を越えれば、君と俺は別に協力しなくても先に進んでいくことができる」

 ……貴方ははじめっからできるだろーが。自分の才能に自覚がないのか? そんなわけないよな。むしろ自信に満ち溢れているよな。そんな人間が、そもそも何故私と協力関係を結びたかったのか……。

「もっと言えば、陸と空、それぞれ得意とする自分のコースを進めるわけだから、砂漠でもないかぎり、お互い自分の道を進んだほうがいい、ってことだな?」
「……? うん。そう……。……待ってディエゴ、今凄く嫌な予感が……なにを考えてる?」
「ああ、つまり、俺たちが砂漠以降もこうして一緒に進んでいくことは、君にとって『デメリット』の発生する事態ってことだ。そうだろ?」

 ……! おいおい……さっきの……レストランでの会話……まさか、ここで……!

「『命令』だ、キト。このレース、俺と共に来い」
「じょ、冗談でしょ……?!」
「嫌か?」
「嫌っていうか……」
「嫌ならなおさら、この『命令』は有効だな、キト」
「ちょっと待って! あなたにもメリットがない! 意味のわからない『命令』には従えない!」
「意味か」
「あ、ああ」

 テーブルに肘をついて、ディエゴは目を伏せる。しばらくそうやってなにか考えていたようだけれど、やがて諦めたように息をついた。

「なくちゃあ駄目か?」
「……ないの?」
「ないというか……君を納得させられるだけの理由はないだろうな。というか、君はあまりにも『意味』や『価値』にこだわりすぎている……。それをとやかく言うつもりはないが、俺からしてみるとどうも……」
「……、大事なことだ……。わけもなくなにかをすることを、私は容認できない……」
「……だってなぁ……。一応言ってみると……『おもしろかったから』じゃあ、駄目かい?」
「おもしろかったって……」
「不快に思ったか? でも俺は包み隠さず物事は伝えたいほうでね……。ああ、君のことを言ったつもりだったが」
「…………」

 ……やっぱり『理由』だ……。彼にはそれが少なすぎる……。私だけ……なんにもわかんないまま……確信が持てないまま……ふわふわした状態で……このままずっとそうなのか……? だけど……だけどそのわけを求めるには……。
 ディエゴと行く……。





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