楽園偏愛録 | ナノ


▼ 11


 目を覚ましたとき、薄明るかった窓の外は完全な闇に包まれていた。月が出ていない。この暗さではどっちにしろ今日はここで泊まるしかないわけか……。身じろぎする。眠りにつく直前に脱ぎ散らかしたブーツを手探りで探す。不思議なことに、ベッドの足元に揃えておいてあった。あれ? と思っていると、ジッと火の灯るような音がして、部屋の中が明るくなる。ああよかった、電気くらいは通ってるんだ、このホテル……。

「起きたか?」
「ディエゴ……? なんでいる……」
「部屋の鍵が開いたままだった」
「あっやべ……いやそれはそうだろうけどそうではなくて」
「迎えに来た。食事と買い物」
「ああ、そっか……待って仕度する……」

 顔くらい洗っていこう……。水はどこに行けば使えるんだろう。寄ってもいいかな……。

「ディエゴはずっとなにしてたの? 私何時間くらい寝てた?」
「3時間ほどだな。俺は馬の世話と、すでに物資調達も済ませた」
「えーじゃあ買い物終わってんじゃん……」
「一緒がよかったか?」
「そうじゃあないよー、私の買い物に付き合ってくれるって事になるわけだから、それはなんか……」
「構わない。それほどかかるわけでもないだろう。そちらは食事が終わってからでいいな」
「うん」

 ハハハなんか優しすぎて気持ち悪い。
 というか、居心地が悪い……。ディエゴ・ブランドーは自己の利益を追求する人間だと思っていたし、だからこそ一緒に行動することにさほど抵抗がなかったのだけれど……。なんなんだ? 私が寝る前になんか言ってたな。『気に入った』?
 ……ひとまずそのへんは置いておこう。お腹がすいていることだけは明白だ。
 他のレース参加者はまだここには到着していないらしく、レストランは貸しきり同然の状態だった。それっぽいシェフの姿がちらりと見えて私はびびる。こーいうのなれてない。人と食事することも滅多にないし……。
 ……私はディエゴを完璧に信用しているわけじゃあない……。それは彼も同じだと思ってた……のに……。だからこそちょうどいいと思っていた……。均衡した感情……安定した状態だ……。今、少なくとも私は不安定だ。

「ねぇ、貴方もまだなんにも食べていないんだよね」
「そうだな」
「そんで私にメニュー選ばせてくれるんだよね」
「ああ」
「……なんでもいい?」
「早くしろ」
「ローストビーフを一度一塊まるごとつついてみたかったんだけど、一人で食べきれる量じゃあないし……」
「……わかった。それでいい」
「ほんとに!?」
「いい。ウェイターを呼ぶか……」
「……」
「…………なんだよ」
「釣り合ってない、と思って」
「ああ、君はもう少し身なりを整えてからここに来るべきだったかもしれないな」
「ひど、いや、そう、じゃあなく……。ギブアンドテイクの話だよ」
「……ああ……」

 呟いてから、くっと喉の奥でディエゴは笑った。隠そうともしやしねぇ。

「なにかをしてもらったら、なにかお返しをしなくちゃあいけない……。母が子に説くような当たり前の道徳の話なら、微笑ましいだけで済むのだがな。君はおろらく違うだろう」
「……ああ、そうだよ。見せ掛けだけでもものごとの恩義は平等じゃないといけないと思ってる。貴方が奢ってくれることとか、部屋をとってくれたこととか……私が貴方にそうさせようと思ってそうなっているわけではない。それがなんだか胸通り悪いんだ。私は貴方になにかできるってわけじゃあないのに……」
「……『施し』ではないと言ったはずなんだがな」
「これも? この食事も? 貴方の言う『正当なる褒賞』なの?」
「そうだ。何故そこまで拒む?」
「……貴方とは『対等』でいたい。あなた自身がどう思っているかは関係ない。私が貴方と同等であれると思えるかどうかだ。今……それができていない」
「どうすればそれは解決される? この場は君が払うとかか?」
「それはいい考えだけど、貴方はどうなの」
「俺はそれでは不満だな。俺が奢ってやると言ったんだし」
「なら意味が無い」
「『命令』はどうだ?」
「めい、れい……?」
「ああ。俺が君になにかを指示して、君がそれを拒否したときに、一度だけそれを押し切る権利だ」
「死ねとかか」
「それは何があっても従わないだろう、君は」
「そうだね。でもそれじゃあ『命令』の意味がない。私が貴方の指示に躊躇ったとき、その躊躇いを失くすくらいの効力しか持たないだろう」
「……君になんのメリットもないことをしろと言う。そのとき一度だけ従え。こういう言い方ならどうだ?」

 ……わかってんなぁ……。

「それならいい」
「じゃあ、それでチャラだ」

 ほらもういいだろうって目で促して、彼は運ばれてきた肉を切り分け、皿にうつす。手馴れてやがる……。お貴族様め。元々そうだったわけじゃあないってのは知っているけど、馬を走らせる才能が上級貴族の目にかなっただけだってんなら、そのほかはもっと庶民的な感覚してるとかさ……そういうのないんだもんなぁ、この人。完璧って言ったら変だけど。そんなかんじ。人間できないことのひとつくらい持っているもんじゃあないんですかねー。世の中って不公平。でも私は対等がいい。対等がいいんだ。

「美味いか」
「……」
「……」
「……めっちゃおいしい」
「そうか」

 いやね、ディエゴ、私の応えを聞いて頷くときの顔は、悪くないんだよ、貴方。見間違いかもしれないけどね? どこか笑っているようにも、見えるからさ。



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