楽園偏愛録 | ナノ


▼ 10


「そこ」

 言って、ディエゴは床を指差す。それ以上の説明はなにもなかったので、どうやらこの部屋で寝れば? って言いたいらしい。

「あー……そう言ってくれるのはありがたいんだけどね」

 苦笑する。それでは駄目なのだと私は言った。ディエゴはどこかぼんやりとした顔でこちらを見ている。

「カラスって見たことある? あるよね? まぁ、ネズミでもいいよ。そいつらはさ、特に街に住んでいるやつら……あいつらは何を食べて生きているか知っているかい。人間の食べ残し……道路に落ちた汚いパン、ゴミ箱からもれた魚の食べかす……そういったものだ。私は、そういった生き物にはなりたくない。わかんないかもしれないけど……」
「……」
「他人の『おこぼれ』をそそくさと両手で拾い集めるのは屈辱に値するってわけだよ。ベッドで寝ている貴方の足元でぐっすり眠るくらいなら、自らで野宿できる場所を探し、風にさらされながらでも転寝したい」

 目が合う。普段真正面から顔見て話したり、あんまりないもんなぁ。慣れないせいで緊張する。親切を無下にされて怒ったか? あー、ありうるな! この前それで怒ってたもんな! どうしよう。でも、でもさ……人間だれしも『譲れないトコ』ってあるじゃん……通じるかな……。

「そうか」

 呟くように、言って、ディエゴがそのまま笑ったように見えたんだけど――見間違いかもしれない。そのあとすぐに頭の上に手を乗せられて、思わず目を瞑ってしまったから。
 頭を叩いたのか? 髪を撫でたのか? よくわからないけど乱暴にそうやって人の髪を乱して――すぐに手を離す。窓のほうに向かっていったかと思えば、突然その窓を開けたのだ。私は彼の視線の先を目で追った。道端に係員の姿が見える。

「係員! 俺はこの記者が気に入った! 俺が二部屋分払うから、こいつの部屋を用意してやってくれないか! 他の参加者はまだここに到着していないしそちらに支障はないだろう?」
「ディ、ディエゴ!?」
「おっと、勘違いするなよ」

 くるりと身体をこちらに向けて、人差し指で私を指差す。

「これは君への『施し』じゃあないぜ……。ここまでついて来た君への『正当なる褒賞』だ。教会でブーツをやっただろう? 君はあれを受け取ったよな。これもそれと同じだと思え。いいな」
「あ……でも……ほんとに私平気なのに……」
「そうは見えないけどな。俺が思うに君は『疲れ』『苦痛』に鈍いだけだ。気が付いていないだけ。というかこのDioでさえほんのちょっぴり体がだるいんだ。同じ距離を越えてきた君がぴんぴんしているのは気に食わない」
「あ、そう……じゃあお言葉に甘えて……」
「手続きは俺がやるんだから面倒だし君はもうこの部屋を使ってしまえ。ほら寝ていろ、ベッドだぞ? 初めて見るか?」
「んなわけないでしょうが。どこまで馬鹿にしてんだよ……」
「一息ついたら買い物ついでにレストランで食事でもしよう」
「……ディエゴさんの奢りですかぁー?」
「そうなるな」
「ははっ太っ腹……どうしたのさ一体。怖いよ」
「さっきも言ったが……まぁあれは君に言ったのではなかったしな、もう一度くらい言ってやるか」

 こつこつと靴音を鳴らして、椅子に腰掛ける私にディエゴは近づく。こっちが座ってるから余計に見下ろされてる感があってなんかやっぱ怖いなー……。

「気に入ったんだ」

 あ、また頭撫でるし。
 今度は瞬きもしないで見てやったぞ……そんな顔もできるんだな、貴方。
 指摘したら怒るかな? なら、言わないでおこう。

 ディエゴは無理矢理私を立ち上がらせて、そしてやっぱり無理矢理ベッドの方に倒し出す。久しぶりのベッドだった。シーツに押し付けられたままの鼻先で呼吸すると、見知った人間の匂いがした。ああ、さっきまでここに寝転がってた人間の……。私本当にここで寝ないと駄目?
 バタンとドアが閉まる音がして、ああ本当に二部屋目、とる気なのか、あの人は……。ありがたいよ、ありがたいけど……。
 私はそれに、なにを返せるんだ……? してもらったことに、どう報いることができるというんだ、私に……。なにが……。
 ディエゴの言ったことは本当らしく、一度ベッドに身を沈めてしまうとすぐに眠気がやってきた。単純に寝不足だとかそういうのではなく、身体にたまっていたものが一気にふきだして、それが重たくのしかかってきているみたいに……。

 なにかしなくては……。

 今までに感じたことのない使命感だ。恩に報いたい? いやいや、そういうんじゃあないな、きっと。ただ、こうやっていいことしてもらいっぱなしってのは性にあわないんだ。不安になるというか……だって不公平じゃあないか。彼になんのメリットが……。ああ、この思考は駄目なんだっけ? あの人、怒ったらなんか怖いもんなぁ……。それだけじゃあなく、私が嫌われたくないってちょっとだけ思っているせいもあるんだろうけど……。だから私が納得するには、彼になにかを返さないといけない。けど、私にできることは少ない。飛ぶこと……、それだけかもしれない。それで一体なにができるんだろう……? なにか……できたらいいのに、私にも……。
 力に、なれたらなぁ……。





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