楽園偏愛録 | ナノ


▼ 09


 中継地点の街にあるオフィスから、顔つきがそっくりの二人の小男が顔を出す。ここにまでたどり着いたレース参加者を出迎えるためだ。彼らは何枚かの用紙をかかげて馬に乗る青年に話しかけている。話しかけられているほうの青年はほんのわずかに眉を顰めてそれを聞いている。話が終わったらしきところで、私は彼らに近づいていく。

「どうも! ディエゴ・ブランドーさんですか? ファースト・ステージでは惜しかったですね。もしよろしかったらレースのことなどお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか? お時間は取らせませんので……」
「……係員、こいつは?」

 睨まれた。おいおい本気で睨んでないか? ちょっとうっとおしいって思ってるだろ……。でも話をあわせてもらわないと困るよ。他人のふりはしてくれたみたいだけど……。うーん。

「あー、なんだっけ? 故郷から出ているレース参加者を応援しに来ている記者さん、らしいですよ。どこの村でしたっけ?」
「ソロゴコ村です」
「そうだっけ、さっき聞いたときはロゴソソ村だったような」
「聞き間違いじゃあないですか? 地図にも載っていないような小さな村ですし、耳になれない名前だったとおもいますよ」

 そんな村は地図どころかどこ探したって見つかんないだろうけどな。

「さ、ディエゴさん。ほんのちょっとでいいのでお話聞かせてくださいよ。お邪魔はしません。レース中に私の故郷からの参加者を見かけているかもしれないし、そうだったら私、その情報はなにがなんでも逃せませんから。ちょっとしたインタビューです、すぐ終わりますよー?」
「……わかった。係員、ホテルは空いているのかな。一見したところ、なんていうか、あれはどうしたんだ?」

 炭と化している建物に目をやってディエゴはつぶやく。それからちらりとこっちを向く。

「いえ、私が来たときにはすでにあんなことになってましたよ」
「あー、昨日謎の爆発があったんです。一番上等なシャワー付きホテルだったんですけどね……。申し訳ありませんが、ディエゴ・ブランドーさんは簡易ベッドとイスだけのお部屋にご案内させていただくことになります」
「構わない。部屋のキーをよこせ。金は?」
「前払いです」
「わかった。おい記者」
「あ、はい」
「名前は?」
「……キト・フライメアと申します」
「キーを渡しておく。話があるなら部屋で聞く。いいな?」
「はい。ありがとうございます」

 そうそう、そんなかんじ。ディエゴわりとノリノリ?
 しかし、謎の爆発でホテルが一件壊滅ってなかなかお目にかかれないんじゃあないかな。爆発! ホテルひとつがまるごとふっとぶくらいの爆発? 事故じゃあないな。人為的なものだ。私たちより先にこの中継地点を通過しているのはジャイロ、ジョニィ、それからオエコモバという選手。たぶん三人ともレース開始直後に水場を無視して最短コースを選んだ奴だ。水場を見つけられたのか……単にタフなのか……。まる一日先行しているらしい。彼らの選択には価値があったのだろう。けどそのくらいの差、ディエゴが巻き返せないとも思えない。砂漠で無茶はできないはずだ……。現にディエゴはこの街で休憩していくことを決めているみたいだし。
 ホテルが爆発した原因は先行している三人のうち誰かだろう。オエコモバってどんな奴だっけ? 優勝候補ではなかったと思うし、ファースト・ステージの上位陣にも食い込んでいない……。砂漠が得意な奴なのか? なんで爆発? 誰が? それで一人選手が怪我を負ってリタイアしている……。気に留めておいたほうが良さそうだ。

 ディエゴに渡されたキーで開けた部屋は、窓とテーブル、イス、簡易ベッドだけのマジでシンプルな中身になっていた。カーテンもついてない。べつに私が使うわけじゃあないからいいけど……。結局レース参加者じゃないからってホテルを使わせてもらえる許可は下りなかったし。野宿のつもりで来ているから問題はない。いい場所探さないとね。できれば屋根の下とかのほうが落ち着くんだけど……。砂漠の夜って昼間と違って馬鹿みたいに冷えるから、風の通らない場所のほうがいいなあ。

「なんだ? 記者さん、突っ立ったままか? イスにでも座っていろよ」
「そしたら貴方はどこに座るんだよ」
「ベッ、ド」

 言うなり、ディエゴは寝台に身を倒す。ぎしりと軋む音がして、振動がわずかに伝わっている。ベッドに伏せたディエゴは顔をほとんど枕に沈めたまま片目でこっちを見る。しょーがないので私はイスに腰を下ろす。端材で作りました感バリバリだ。

「もうすぐ陽が落ちる。今晩はここに泊まる。明日の早朝出発だ」
「オーケーいつも通りね。私は貴方と時間をずらして発つのがいいかな。ハンググライダーで飛べる場所……まぁすぐ近くの岩山でいいか。ちょっとでも明るくなったらすぐに出る。今日はとにかくここで物資を調達したい。運んでもらいたい荷物、増えると思うけど……」
「それは構わない。俺の荷物も増える予定だし……」
「んー、貴方がこんなぶっちぎりじゃなく他の参加者と足並み揃えてこの街に入っててくれれば、他の参加者相手に商売できたのになー。レースのためにつくられた街だから住人いないし」
「商売って、なにを売るんだ」
「ああ、モノじゃあなくてもいいのさ。馬の世話や見張り役とかを申し出れば、自分の疲れを癒すことに集中したい参加者は金を出すはず……。あと疲れているだろうからマッサージとかね。けっこう巻き上げれそうだったんだけど」
「……マッサージ……」
「……そ、そんな目で見られてもちゃんとしたのできるってわけじゃあないよ。ただマッサージって国や地域によっていろいろ種類があって、たとえちゃんとできてなくてもこういうものなんですって言ってごまかしやすいからさ……」
「…………そうか……」

 ……道中ずっと余裕そうにしてたけど……。もしかして、疲れてるのかな、この人も……。まぁずっと野宿だったしなぁ。私は飛んでるだけで……それでも疲れが無いってわけじゃあないけれど、彼は自分と馬両方を気遣いながら進んでこなくちゃあいけなかったわけで……。そしてたぶん私の存在はほとんどお荷物だったと思うし……。なんだかんだで一人で水場探せるんだもんこの人……。
 ディエゴは深く息を吐いてから、起き上がってベッドに座りなおした。あ、休憩終了って顔になってる。一瞬だったなへばり顔。

「君は今夜どこで寝るつもりなんだ?」
「これから野宿できそうな場所を探す。どっかの軒下貸してもらえたらいいんだけど、あんまり期待はしないでおこう」
「ふーん……。いい場所を知ってるぞ。教えてやろうか」
「ん、どこ?」





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