楽園偏愛録 | ナノ


▼ 07


「……いや」
「なら納得できるな? 朝起きたら腕と指を包帯だらけにしていた君を見て、またそういった怪我をしないように忠告をすることは不自然なことではないと」
「……あ、ああ……? でもさ、あんたの場合は違うんだろ……?」
「違うな。だがだからといってそこになんらかのたくらみがあるわけではない。あるとしたら君を懐柔しようと思っているのだろうな。だが君はそう簡単に人に懐いたりはしないだろう。だから俺がそういったことを目的に君に言葉を投げかけるのは無駄だ、無駄。なんの意味もないが、なんの思惑もない。……だから君は素直に『心配してくれてありがとう』とか、そういうことを言えばいい」
「……う、うん……。……えーっと、そう、言われると、言いづらいんだけど……。ああ、でも、その……あ、ありがとう。……これでいいの?」
「ああ。それから、これをしておけ」

 ディエゴは自分のグローブをはずして私に寄越す。ああ、指を怪我してるから? これもその、『心配してくれている』ってことなのか? なんのために? ……って考えるのが駄目なのか。ええっと、なんの意味も無く、なんの思惑も無い……。いやでもなんの意味もなくグローブ貸してくれるわけないじゃん……。

「今日一日限定、貸す。また変な顔になっているが、何故貸すと思う?」
「……私の怪我が悪化して空を飛べなくなるとあなたが水場を見つけることが難しくなるから……」
「…………」
「…………」
「……わかった。今の認識はもうそれでいい。今後俺の親切をなにか不自然に思い納得できなかったら、そういった好意はすべてまわりにまわってこのDioの得となると思え。俺にメリットがあるから、そう考えろ。それなら変な顔はしないな?」
「え、や、……でも、たぶん私はそのメリットの具体的な内容まで気になると、思う……納得はできない。あんたが私に親切をする理由は全く無い。わからない」
「…………」

 ああ、睨まれている。怒っていること、いらいらしていること、隠そうともしない。なんでこうなったんだ……。なにか間違えたのか、私はなにか……。
 だって……そうじゃあないか。人間はみんな、自分のためにしか、生きられないんだよ。特にディエゴ、あんたはそうだと思う。あんたは人のために生きてたんじゃあ、きっとすぐに死んでしまう。自分のために生きているから、あんたは強いんじゃあないかな。なのにどうして……。
 くるりとディエゴが背を向けて、立ち上がる。馬のほうにも行かないで、どこかに歩いていく。

「……どこに行くの? もう夜が明けるころ……」
「あそこにある岩山が見えるか? 二つの小さな山にはさまれた……」
「……うん」
「登ってくる」
「えっ? ……ちょっと、おい、まじかよ……なんで……」

 こっち向きもしない! いっつもそうだけど、なんだよもう訳がわかんない……。なにがしたいんだ。腹にこめてるもの言ってくれればいいのに、私にもわかるように……。……いや、すでに言葉を尽くしているのか? 妙に饒舌に話をされたし……。
 私だって、あんたの言ってること理解したいよ、ディエゴ……でも駄目なんだ。私には……わからない……。

「……グローブを私に貸したままじゃないか、素手で岩山に挑む気じゃあないよな、せめてこれ、返すからさ、待ってよ! なんで登りに行こうとするんだ! 危ないからやめたら!」
「言ったな」
「は?」

 くるり、ステップを踏むように爽快に、ディエゴが体を反転させる。なんだ? 怒っていたんじゃあなかったのか? なんでちょっと嬉しそうなんだよ……。

「グローブを返してくれるって? 岩山を登るのに素手では危険だからか? そいつは『ご親切』にどうも、キト。ところで君が俺に対してそう言うことは、君にとってなんのメリットがあったんだ?」
「……、あ、……あれ……?」
「なんの思惑も、なんの意味もなかったんじゃあないか? そのグローブをわざわざ手放すなんて君にはむしろデメリットしかない……。どうして俺にそんなことを言った? 答えてみろよ、キト」

 ぱっと私からグローブを取り上げて、ディエゴはにやにや笑ってる。こ、これ、答えなくちゃあ駄目、なのか……?

「……し、しんぱい、だった……。怪我、しやしないかって……だって……」
「上出来だ。君のように人の心も解せぬ人間がそう思うくらいなんだから、逆にこのDioが君に対して同じようなことを思っても不思議ではないだろう?」
「……う、うん……」
「わかってくれたみたいでよかったよ」

 ぽすり、と私の頭の上にグローブを乗せて、今度こそディエゴは自分の馬の方へ向かう。そのまま馬に水をやったり、鞍をつけたりし始める。グローブは本当に貸してくれるんだ……。なんで……とは、……思わない、思わないぞ……。えっと、そうだ、さっきみたいに自分の場合で考えるんだ……。さっきはディエゴがいきなり岩山に登るとか言い出して……。素手じゃあ危ないから……。そっか、危ないから……。心配……? 彼も心配してくれた? だったらそう言えばよくないか? はじめっから。
 ……。言いたくなかったのか? それでこんな長い話に?
 …………。

「ディエゴ、サボテン食べる?」
「……美味いのか?」
「アロエっていう植物に似てる。昔商売でアフリカ大陸から生薬として仕入れたことがあるんだが……おもしろい食感」
「持って来い。シルバー・バレットにやっても平気そうか?」
「ああ、うん」

 ……もう怒ってないみたいだ。そもそもなにに怒っていたのかもまだよくわからないけど……。

「……あのさぁ」
「……なんだ」
「……えーと」
「……サボテン、よこせ」
「ああ、はい」
「……で?」
「……さ、三回、」
「?」
「水場を見つけたらその上で旋回する、ぐるぐる……それを三回。もしあなたに私が見えていたらの話だけど……」
「そうか」
「うん……」
「頼んだ」
「うん」

 夜が、明ける。



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