楽園偏愛録 | ナノ


▼ 06


 目下の問題はひとまず食料と考える。荷物はほとんどディエゴに運んでもらっている。彼と合流ができるのは日が沈んでから……。日中私は自分で食料を獲得する必要がある。陽が落ちたらディエゴと合流できるからそれまで我慢とかは駄目だ。彼と協力関係にあるのはこのステージでのみ。自分でなんとかできるようにならないといけない。なんだかんだで彼の存在には大分助けてもらっている。それじゃあ駄目なんだ。昨日だって意味のわからないことしか言ってなかったし! 私はあの言葉を真面目に受け止めていいのか? さすがにあれは冗談でもなんでもなかったように思えるが……。マンハッタンで私が彼ともう一度会うことになんの意味がある? わからない……、でも彼にとってはあるんだ……それを見つけ出さないと。

「お早う。君のほうが早く起きているとは意外だな」
「そういうあんたはきっちり眠ってたね。早く起きろみたいなこと言っておきながら……」
「そんなこと言ったか?」
「……。まぁいいや。もうじき夜が明ける。まだ薄暗いけど、すぐ明るくなってくるだろう。飛べる場所を探しに行かないと」
「そうだな。ところでさっきから食べているそれはなんだ」
「サボテン。味見してたんだ。塩っけがほしいかな」
「針は?」
「一本一本抜こうとしたんだけど意外としっかりひっついてて、結局皮ごとナイフではがしたよ」
「このあたりには衝撃を与えると針が飛び出てくる種類もあるから気をつけろよ、と、昨日にでも言っておけばよかったな」

 包帯の巻かれた私の腕をちらりと見て、ディエゴは溜息をつく。

「うん……びっくりした。貫通はしなかったけどさ、ホラ腕とか穴だらけだよ……どうしてくれる。おかげでサボテンの種類の見分けはつくようになったけどね」
「指が特にひどい様だが」
「ああ、こっちは普通に。針の飛び出してこない種類のサボテンのね、皮を剥くときにね……どうしてもどっか押さえながらナイフを使わなくちゃいけないわけだからね」
「……君はあまり一人で動かないほうがいいんじゃあないか? 見るたび怪我が増えているというのは、気分のいいものではないな」
「……?」
「……最近になってわかってきたんだが、君、人からまともに好意をうけたことがないのか?」
「は? 何でそんな話に」

 私と向かい合うようにディエゴは地面に腰を下ろす。めんどくさそーに顔をゆがめて、めずらしくなにを思っているのかがわかりやすい。青白く染まり始めたばかりの空が、さえざえと輝いているように見えた。そうやってなんとなく彼から視線を逸らしていた私が、やっと彼のほうに顔を向けたとき、私は妙に気まずい気分を味わっていた。別になんも悪い事してないよね? なんでちょっと怒ってるんだよ、こいつ。

「いいか? なんのためにそのブーツをくれてやったと思っている。君に怪我をされると俺にまで被害が及ぶだろうが。飛べなくなった君なんかなんの価値もないと打ち捨てるぞ?」
「サボテンの触ったくらいで飛べなくなるかよ。怪我に用心しろっていうならっもうしてるさ。あんたに負担をかけるつもりはない。今後も気をつけていく。これで満足か」
「……いや」
「なんなんだよ」
「今度また君がなにかやらかして怪我をしたときに、俺は『いいかげんにしろ』と言うだろう。そのときに『こいつは何を言っているんだ?』って顔をするのをやめろ。それで俺は初めて満足する。いいな?」
「……?」
「その顔だよ、その顔。ブーツのときはきちんとできたじゃあないか。あの時も怪訝そうな顔してたが……」
「ブーツのとき……、お礼を言えばいいの?」
「違う、『素直に受け取れ』ってことだ。いいか? ぼろぼろになっている人間がいればほんのちょっとは、俺はそうでもないが……心配するものなんだ。そうじゃないほうがいいと思うものなんだ。そしてごくまれにそういった思いは口に出てしまうんだよ。それを言うことが相手に与える効果が自分にとってメリットになるからとか、そういうものは考えないものなんだ……。君にそういうのはないのか?」
「そういうの、って……」
「子供は好きか?」
「まぁ」
「それはよかった。本当に。じゃあ、子供が膝を擦り剥いて泣いているのを君が見つけたとする。君はたまたま絆創膏を持っているし、擦り傷への対処法も心得ている。……どうする?」
「大丈夫かって聞いて手当てくらいしてあげるよ。走ると今みたいに転ぶかもしれないから気をつけろって助言するかもしれない……」
「そのとき君は、子供を助けたら自分になにかいいことがあると思ってそうしたのか?」
「違うよ。ただなんか……そうしたいと思ったって言うか、放っておけないだろ、流石に。努力しないで生きてきて勝手に堕落したような大人ならまだしも、子供にはなんの罪もないわけだし……」
「……まわりくどくてすまないが、君は自分がその『なんの努力もしないで生きてきて勝手に堕落したような大人』だと思うか?」




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