楽園偏愛録 | ナノ


▼ 05


「じゃあ、そのピアスは両親の形見だから持っているのか?」
「? いや、違うよ。もしその理由で大事にしてるんなら片方だけでも売ったりしない……ほら、これ見て」

 片方だけになったピアスをはずして、ディエゴに見せる。宝石のような石が輝いている。それをはめこまれている金属の部品には、なにか細かい模様のようなものが掘り込まれていた。

「私の家にあった食器や家具に、これと同じ模様があった。両親のことなんて、あんまり覚えていないのに、私はこの模様のことだけはっきり記憶している。間違いない。これもそうだ……私たちの『文明』、誇りに思える数少ないもののうちのひとつ。……人間には生まれたときからの変わりはしない『価値』がある。それは生まれた場所、両親が誰なのか、そういう細かい条件に基づいて決まる。私は自分に大した『価値』があるなんて思っちゃあいないが……。私は自分がどこで生まれたのかをしらない。この文明があった場所を知らない。だから、私の生まれたあの村を探すことは、自分の真の『価値』を見定める、ということだ。このピアスは唯一の手がかり。だから手放せない」

 ちらりと、ディエゴの横顔を窺う。無表情で、なにを考えているのかはわからない。故郷を探す。そして自分がどういう『価値』を持っているのかを知りたい……。あの時私の村から上がっていた煙は、私の村を焼いた炎によるものなのか? だとしたら村を滅ぼしたのは誰だ? あの文明は残っているのか? もしあの文明に『価値』があったなら、その『価値』は私にも付随する。いや、もしあの文明にそんなものがなくても……、いい。私自身の『価値』は、私にはどうにもならないが、あの文明の『価値』を押し上げることならできる。滅ぼされた悲劇の文明。優れた工芸品を滅したことを、世界中の人間が後悔すればいい! 私たちを追い詰め、私の両親を海の底に沈めたことを! そうすることにはきっと意味がある。私にしかできないことが……。
 媚を売り、へつらい、人の顔色を窺って商売をする、そんな人生は、もう嫌だ……。
 『無価値』になんかなりたくない。この長い旅を経て、大金を手に入れ、私は自分の故郷を探しに行く! 地球上のどこかにあることは確かなんだ。植生もなんとなく覚えている。見つけることは不可能じゃないはずだ。

「なるほどわかった。俺の質問は終了だ。素直に答えてくれてありがとう。……で、君が俺に聞きたいことは?」

 焚き火の炎がだんだん小さくなり、消えかけた炎をディエゴが踏み消す。じゅっとわずかに音がして、あたりに暗闇が訪れる。私はカードを選んでいた。どんな質問をしたらいいか……。知りたいことがいっぱいある。彼は今度こそ嘘偽りに無く答えてくれるといった。もちろん全て語ってくれるなんて思っちゃいないが……。

「やっぱり気になるのは、あの契約だ。仮面はマジでいらないようだったし、実際さきほど火にくべられて燃え尽きた。それくらい『価値』のないものだ。なのにあんたはマンハッタンで私と会ったら大金を払う約束をした……。メリットがないどころの話じゃない。このレースの賞金をナメているのかってかんじだ。気まぐれで済むレベルじゃあないぞ」
「そうか? 今となっては君がマンハッタンへたどり着けるかどうか、かなり怪しくなってきていると思うが」
「あの契約をした時点では、私は列車で一足先にニューヨークへいくつもりだった。あんたもそれを承知していた」
「そうか、では……こうは考えられなかったか?」

 暗闇のなかで、ディエゴが身じろぎする気配がする。どこかに移動した? しかし、なにも見えない。彼はなにを考えている……?

「君の金がなくなったのは俺のせいだ、と」
「……あれは私の不注意で盗まれたものだ。それがあんたの命令によって何者かが行ったものだ、という……『可能性』の話をしているわけだね?」
「ああ、あくまで『可能性』の話だ。信じないでくれよ?」
「そうだとすると、あんたははじめっからマンハッタンで私に会えるなんて思っちゃ居なかった。契約不成立。あんたの金はあんたの金のまま……。その場合あんたの目的は盗まれた私の売上金だ。美味い話で釣り、水をくれといって運ばせ、私をその場から遠のかせる。あらかじめあんたが命令していた誰かが金を盗る……。なるほどね」
「どう思う?」
「……ひとつだけわかることがある」
「なんだ?」
「今笑ってるだろ!」
「…………ばれたか? こらえていたつもりだった」
「ごまかさないで答えるとかぬかしていたのはどこのどいつだよ! もう断言できる。そんな『可能性』はどこにもなかった! なんだんだ? 私が無駄な勘ぐりをしているのを見て楽しいのか?」
「かなり」

 姿が見えてたら殴ってるぞ。

「いや、キト、俺の目的はな、ああ、君に免じて正直に話すと、ふっ」
「……笑いすぎだろ……」
「はぁ、つまりな、キト。俺は最初、君は列車でニューヨークまで行くものだと思っていた。君の金が盗まれたのは予想外だった。大爆笑」
「遠慮はできない、殴らせてくれ」
「いやいや……だから、キト、俺がいくらかけて君と契約をしたかはおいておいてな、そこで発生する俺のメリットは、もう一度君に会えること、どう考えてもそれだけだと思うぞ」
「……それメリット?」
「ああ。さ、正直に答えたから俺はもう寝るぞ。あとは自分で悩め」
「いや、待ってよちょっと、これもブラフなの? そんなに私に悩ませたいの? ねぇ、ちょっ……寝つきいいなあんた! くそッ」





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