楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03



 ディエゴを見つけたのは、本当に日が落ちてしまう寸前だった。いったいどんだけ馬を飛ばしたのかと……。陽が傾いてきて、彼を見つけられるかどうか危ういかと思ったけれど、水場があるわけでもないのにきらりと地上に光る点を見つけたのだ。というか、ディエゴが鏡で沈みかけの太陽の光を反射して、私のほうに合図を送っていたのだ。空に居る私をディエゴが見つけることは、私が彼を見つけることよりずっとかんたんだったってことだ。こんなことできるなら最初から挑発的な態度とったりしないでほしいな……。妙に気張っちゃったじゃんか……。

「ギリギリだな」
「……もしかして待ってた?」
「そんなわけないだろう」
「でも、あんたの足跡が多いよ。馬から下りてこのへんうろうろしてたんでしょ」
「……焚き木集めだ。君を待っていたうちには入らない」
「ああ、焚き火ね……。そっちのほうが見つけやすかったかも」
「手伝え」
「はいはい」

 火をおこせたころには、太陽はすっかり沈んでしまっていた。紫色だった空は黒く染まる。月明かりは無く、そのかわり星が輝いていた。缶詰をあけて僅かな食料をつまむ。手に入れていた水は一応沸かしてから飲む。といってもほんの少し、喉を濡らす程度だ。砂漠は枯れている。命は確かにそこに生きているけれど、人間にとってはそうだ。砂漠の生命力の強い動物や植物は、人間にとって害のあるものであることのほうが多い。砂漠を越えるまで食料がもつかどうか……。最悪水だけの日もあるのかもしれない。

「食べ終わったらさっさと寝ろ。明日は陽が昇る前……明るくなってきたらすぐに出発する。その時間ならまだ気球も飛んでいないだろう。起きろよ」
「起きるけど……。あんたにまだ寝る気配が見えないのは何故?」
「これから我が愛馬の面倒を見て……それから少し眠る」
「……『少し』? 馬の世話にどれだけかかる……。……ディエゴ、見張りの番なら私もやるよ」
「君にまかせておいたのでは心配だな」
「全部まかせてくれって言ってるわけじゃない。あんたの眠る時間をほんの数時間増やしてあげようかってことだ。それくらいなら私にもできる」
「そうか。だが俺は嫌だぜ。むしろどうして君は俺に寝顔を見せられるだなんて思ったんだ?」
「あんた寝首かいたりしないだろ」
「……」
「…………するの?」
「君にはしないが……」
「場合によってはするんだな……。わかった油断しない。私は近くの岩場の上で寝ることにする」
「わかった、わかった。今後人の寝込みは襲わないし、愛馬の手入れをしてやったら俺も寝る。考えてみれば他の参加者がこのDioに追いつけるわけがないのだから見張りをする必要などなかった。これでいいか?」
「…………もうちょっとだな」
「なんだ」
「今何故私に対して譲歩したんだ? 私が離れたら困るのか? あんたが私と意味のわからない契約をしたのに関係があるのか?」
「……こんなこと言いたくはないがな、キト。それをストレートに聞いてしまっては意味がないんじゃあないか?」
「……うん」
「シルバー・バレット、こっちへ来い」

 愛馬を呼び寄せて、ディエゴはブラッシングを始める。オレンジ色の焚き火に照らされる背中は、いつものようにこっちを振り向く気配もない。それなのにその背後で私がなにをしているか、どんな表情をしているか……そういうのが全部見透かされている気がするのだ。

「君は俺からなにかを聞きだしたいんだな?」
「そうだよ。さっきあんたが言ったとおり、それも、だ。それも、その意思を、あんたに伝えてしまっている時点で私は、情報を聞きだす側として大分不利だ。けどディエゴ、私はなんだかね、あんたに対する手段としては、それがセオリーに思えてならないんだよ」

 ディエゴは考え事をしたいとき、こっちに顔を向けない。見られたくないからか? どんな顔をしてる? じっと目を閉じているのか? それとも悪魔みたいに笑って、舌なめずりをしている? どっちだろうと、私のすることはひとつに違いない。彼がどう思っているのかはどうでもいい。彼がなにをするつもりなのかが問題なんだ。

「ではキト。ひとつだけだ。ひとつだけ君の質問に答える。すべてを話すつもりはないが、嘘を言ったり、ごまかしたりはしないで返答する。いいか?」
「……今はそれで充分だ。……なにか条件はある?」
「ああ、俺は逆に君にひとつだけ質問をする。すべてを話さなくてもいいが、嘘を言ったり、ごまかしたりはしないで返答しろ。いいな?」
「いいけど、わざわざ聞きたいことなんかあるの?」

 というかすでに手の内は見透かされている気がしていたから、そう言われるのは意外だ。

「質問は俺からということでいいのか? 俺が聞きたいのは、君がピアスを片方だけ売った理由だ」
「? そんなの、レースを追いかけるために金が必要だったんだ。言ったと思うけど商売の売り上げは盗まれたから……」
「片方だけなのは何故だ? 普通両方とも売るだろう。君はそれを俺には売らなかった。そう安々と手放したいと思えるものではなかったはずだ。君はそのピアスに思い入れがある。けれど大金を手に入れるための手段にどうしても金が必要で、片方だけ手放すことにした。それでももう片方が残るから……。もし両方のピアスを売っていたらもっと金が手に入ったはずで、この旅をするにあたって金はあればあるだけよかったはずだ。君にとってそのピアスが両方とも失われるということは、このDioとの契約を白紙にするのと同等くらいの意味があったんじゃあないか? つまり、どんな大金が手に入っても、そのピアスがなければ意味が無いと思っている……違ったかな」
「……やっぱりこれ、あんたに出くわす前にはずしておけばよかったね」

 片方だけになったピアス。ずっと私の耳にあったものだ。片方をなくしてしまうと、左右のバランスをとりずらくなったような気がしてしまう。大事な器官の一部を失ったような、奇妙な感覚におそわれるのだ。だからといってもう片方をはずす、という選択肢を、私はなかなか選べないでいた……。ぜんぶ、ディエゴの言っているとおりだ、と思う。






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