楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02

「は、早いね、ずいぶん……」
「ここらで他の選手と差をつけるべきと考えた。水辺で休むのもいいが、水に毒なんか流されたらたまらないからな。ゆっくりしているつもりはない。水筒は満たしたか?」
「うん、ねぇ、気球飛んでるけど、いいの?」
「ここは影になっているから上からは見えないだろ。水辺で足を止めるのは不自然じゃない」

 そうかい……。ちょっと私には思うところがあるんだけど、もしかしてこいつ、私に水場を見つけさせる役を与える必要なんてなかったんじゃないか? どうにも観察眼の鋭いところがあるみたいだし……。いや、考えすぎか。

「今夜は新月だ。月明かりがないなら無闇に動けない。完全に暗くなる前に野宿の場所を決めねばな。そのためにもできるだけ進んでおく。俺は少し飛ばしていくが、ついてこれるか?」
「もちろん」
「このあたりで君が飛べそうな高台は、今ここに巨大な影を下ろしている岩山しかなさそうだが、それでもか?」
「う……いや、登ればいいんだろ。日没までまだ少しある」
「ハンググライダーを背負ってか?」
「…………なんだよ……なにが言いたい……」
「がんばれ」
「……さっさと行けあんたなんか」
「そうさせてもらう。日差し対策はしっかりしろよ、キト」
「さっきまで人を日よけがわりにしていた奴がなに言ってんだよ……」

 言い終わったらディエゴはさっさと背を向けて、自分と馬のぶんの水を汲んで戻っていった。……急ぎたいってのは、本当にそうなんだろうな。たぶん、自分と別のルートをとっているサンドマンやジャイロのことが気になっているんだろう。今彼らがどのへんかはわからない……。ただ、このステージで上位に食い込むだろう人間の中で、ディエゴは最も遠回りの道を選んでいる。なら、私も焦らないとやばいな……。きっとこちらのことなんか気にせず進んでいってしまう。暗くなったら見つけられないかもしれない。
 ざっと周りを見渡す。ディエゴも言っていたとおり、この水場は周りを岩山に囲まれている。ハンググライダーを飛ばすのにこの上に上るしかない。ここに上昇気流は発生していない。なだらかな風が吹いているだけ……。とにかくハンググライダーを背負ってみる。私の体重の半分くらいあったはず……。いけるか? ロープのようなものは持っていない。なにか使えそうな道具、ディエゴから貸してもらうべきだったかな……。
 ……いや、それはだめだ。あいつと協力関係を結んでいるのは、それがこの砂漠を越えるために必要だから。砂漠を越えた後は、また私ひとりでマンハッタンを目指さなくちゃいけない。そんなとき、また同じような状況に陥るかもしれない。だったら一人でなんとかしないと……。私は最低限の荷物しか持てない。いや、ロープくらい持ってくるべきだったかもしれないがもう遅い。とにかく上れるところまで上ってみよう。断崖絶壁ってわけじゃないんだ。なんとかなる。
 岩場に足をかけて登り始める。砂で表面がざらざらしてる……。滑らないようにしないと。……日が当たっていない方の斜面なら、湿って少しは滑りにくいか……? でも足場がないように思える。この岩山は7メートルくらいだろうか? ハンググライダーで飛ぶには、それでもまだ足りないレベルだ……。ちゃんと頂上まで登る必要がある。でも、時間はかけていられない。ディエゴの背中がどんどん小さくなっていく。日光のあたっていないほうの斜面を登ろう。落ちたら意味ないから、慎重に動く。足をかけて、手を伸ばせる場所を探して、また足をかける場所を探して……。登れそうなルートがひとつだけある。ハングライダーを背負ったままできるかどうかわからないけど……。やってみるしかない。
 今度から絶対ロープ所持しよう。自分だけ登った後ハンググライダーを引きあげるってことができるかもしれないし、それ以外にも使い道はいろいろある。
 とりあえず中腹あたりまで登ってこられたけど……。この岩山、下から見ただけではもちろん断言できないけれど、飛ぶために助走をつけられるスペースが頂上付近にはないな。だとしたらここから飛ぶしかないわけだけど……。足りるか?

「……この水場……」

 上から見てみると、ほんとうに岩山がそのまわりを取り囲んでいる。ディエゴのように馬をつれて入ってこれるような空間の開きは一箇所にしかない。あとは全部岩山……。入口は一箇所……。
 それは、風にとっても同じことじゃあないか?
 風がこの場所に吹き込むと……どうなるんだ? 入口から入ってきた風はまわりの岩山にあたり、渦巻き、しかし出口にはなかなかたどりつけず、その場に留まって……あとはどこへ……? 上に、じゃあないか? 上に、風が吹く……。突き上げるように、高く……。
 ごう、と鳴る。知ってる、聞きなれている、風の音だ……。知る、ということは、対象を自分のものにする、ということだ。私は、風を自分のものに出来るか……?
 この風を逃がさない! 風が通り抜けていく前に、ハンググライダーを開く。助走が少し足りないか? まあいい。渦をまく風の中に飛び込む。操作がきかないかもしれない。でも飛べればいい! 私はそうすればいいんだ。風の方向にあわせて、旋回しながら上昇していく。あとはディエゴに追いつけばいい。地上に線が見える。彼の馬が残していった足跡だ。あれをたどる。
 ディエゴ。ぜったいにあんたを見失わない。






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