楽園偏愛録 | ナノ


▼ 04



 どのような着陸の仕方が成功なのかは知らないけど、あんだけの人ごみの中に降り立って誰にも接触しなかったんだから花丸もらっていいだろう。肩ぶつけたけど。地面にこすれた頬がひりひりするけど。回りの注目を浴びながら翼を折り畳む。辛うじてひとりで運ぶことができる大きさにはなってくれる。これがありがたいな。重いけど、つぶれるほどじゃなあない。これで大陸横断……。……うう、できないとは思わないぞ、思わないったら……。
 ともあれ、ハンググライダーを背負ったまま買い物は無理だろうな。しかもこんなぼろぼろの状態で……。いい取引ができるとは思わない。セカンド・レースはまだ始まらないよな? ちょっとだけ休もう……。どこかで水を手に入れたいな……。とにかく今は……休める場所……。こんな忘れられた教会にそんなところがあるかな……。あったとしたら選手のためのスペースになっているだろうし……。ああ、これ背負ったまま人ごみの中歩くのってしんどいなぁ。人にぶつからないようにしないと……。
 周辺に居た人間に聞いてみると、何人かが井戸のある場所を教えてくれた。よっぽどひどい顔をしてんだろうな私……。すげー哀れな目で見られた。まぁ、だからこそ教えてくれたのかもしれないな。

 予想はしてたけど、井戸のまわりにはレース参加者と思しき人間が水を汲みに来ていた。あー私水を汲むための容器持ってないわ……。うーん。そうだなまず顔を拭きたいから、桶のかわりにタオルを何枚かくくりつけて垂らしてみよう。みっともないけど、手段を選んでいられないもんな。
 ただひとつ問題があって、水を汲みに来ている選手のなかにディエゴが混じっているのだ。彼はまだ私が鉄道でとっととマンハッタンに向かっていると思っているだろうし、こんなところでハンググライダー背負って砂だらけでぜぇはぁ言ってるところ見られたらぜってー蔑んだ目で見られる……。そんな屈辱的な思いはしたくない。うっかり金を盗まれただなんて死んでも言いたくない!

「あれ、なんでここにいるんだ? ひどい顔」

 でもまぁ折り畳んだとしても縦の長さ数メートルあるんだよなこのハンググライダー。目立たないわけがなかった。

「ああ……その……応援?」
「ふーん。たかが応援のためだけに随分ぼろぼろになったみたいだけど」
「……」

 なんっか言い訳考えとけばよかったー。水を手に入れることしか考えてなかった。
 ディエゴはこちらをじっと見ている。観察されてんのか? 気分悪いな……。いや、この気分の悪さはなんか……目の前の人間の空気にあてられて……。あれ? こいつ今機嫌悪い? 確認しなかったけどファースト・ステージの結果どうだったんだろう。良くなかったのかな……。気になるけどそのへん気まずくなるから触れたくないな……。

「水を汲みに来たのか?」
「え、ああ、うん」
「桶は? 持っていないようだが。まぁ、そのナリじゃ井戸に直接飛び込んだほうが早いか……」

 こいつやっぱムカつくわー。

「……じゃあ、今からその桶に入ってるあんたの水を買っても良いかい?」

 彼はすでに水を汲み終えているようだ。桶よこせ。桶。

「先ほども我が愛馬のために水を汲みに来ていたから水は充分にある。欲しいならついて来い」
「ああ、えっと、助かる……。結局いくらで売ってくれるの?」
「俺と金のやりとりはしたくなかったんじゃないのか」
「それはそうだけど、私は金で解決できる問題は金で解決する主義なんだ」
「……、いや、君の主義とかを聞きたかったわけではなく……金はいらないという意味で言ったつもりだ」
「……」
「…………」

 ん……?
 何故? もらえる金はもらっておくべきだろう。今度は私がディエゴをじろじろ見て観察する。金持ちってそういう考え方なのかな? 好都合だから別にいいけど……。
 ……いや……。
 ……親切っていうのは……、決して『タダ』じゃあない……。
 だからどんなときも……金だけが……確かに信じられるものなんだ。金と物の交換が生む確実さは、何物にも変えがたい……それが『安心』……。

「そこにある桶の中の水は好きにしろ。飲み水は別だ。欲しければ言え」

 ディエゴはそう言ったあと、自分の馬のブラッシングを丁寧に行い始めた。私はそのへんにころがっていたてきとうな木箱に腰をおろす。教会の壁かは知らないが、ハンググライダーが立てかけておけそうな場所があったのでそうしておいた。
 辛うじて持ってきていたわずかな所持品の中からタオルを取る。それを水に浸して、軽く搾った。とりあえず地面にこすった顔を拭く。やっぱりどこか擦り剥いているらしく、水が染みて痛い。服についていた汚れをほろって落とす。恐る恐るズボンの裾をまくりあげてみると、やはり何箇所か、関節の部分が腫れているように見えた。うっ血しているところもある。こういうのってやっぱ冷やしたほうがいいんだろうか。うーん……。今日もまだ飛ぶつもりでいるし、このままじゃまずいよなぁ……。

「飛んできたのか」

 こっちに視線を向けないで、ディエゴが問う。折り畳んだ状態のハンググライダーを、ぱっと見ただけで『飛ぶための道具』と認識できる人間は少ない。『人が空を飛ぶことができる』ということにまだみんな慣れていないからかもしれない。けど進んでいるところでは技術の発達はすさまじいし、『飛行機』という乗り物ができるかもしれないと聞いたこともある……。そのことは私も実際に飛んでみるまで信じられなかったけれど……。人は空を飛べるんだ。気球みたいに浮くだけじゃなく、自由に滑空できる……。

「大きな鷲かなにかだと思って、よく見たら人間だった。飛んできたのが君だったのには少し驚いたが……。それはなんという道具だ?」
「ハンググライダー。空のスポーツなんだって、持ち主は言ってたな……」
「それは列車に乗ってマンハッタンへ行くときの料金よりも高い代物なのか?」
「……なんだその質問。もっとずっと安いよ……」
「ピアスが片方しかなくなってる。売って金にしたのか」

 言われて、はっとする。そっか。片方だけつけてるの変だもんな。取っておけばよかった。なんていうか……もうめんどくさいな。ディエゴも、私を蔑むよりハンググライダーに興味があるみたいだし……。






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