▼ 03
せめて……丘の頂上! そこまで飛ぶ! 飛ばなきゃあならない! でも、ああもう素人目にもわかる……足りない! 届かない! 風が……風がないんだ……。あったら届くのに……。
なら……なら、どうしたらいい。あそこまで飛ぶには? 丘の上がいいんだ。そこに着陸できたらそのまま下り坂を利用してもう一度地面を蹴る……。それでゴールまで飛んでいけるはずだ。でも……このままじゃ……。
風……風を待つ……。このまま前に進みながら降下していくよりは、降下する速度を緩めてこの場になるべく留まるようにして、風を……待ってみよう。そ、そうするためには……ええと……、翼だ……。翼の角度を変えなくちゃいけない。さっきは左右に倒したけど、今、私は前から風を受けている。自分が移動しているから、つねに前から風がくる……だから風が止んだことにも気がつけなかった。もっとまわりの風景を観察しておくべきだったんだ。ええと、つまり、前から来る風を……受ける翼の面積を広くすればいい。そのためには……多分、ああ、今私は、腕立て伏せをするような体制でバーにつかまっているから……、バーより後ろに身体を、倒す……。後ろに体重をかける。多分これで……、翼に風が当たってる部分の面積が増えるから……、
「っ、う、わああっ」
できた? 今できたのか? あわてて戻しちゃったけど……。ふわっとしたぞ一瞬……。スピードは緩んだ……。これでいいのかな……。でも……たぶんこれ体重を移動しすぎたら……墜落する……! で、でも風を待つにはこれしか……。
し、しばらく普通の体勢でいて、速度が増してきたらさっきの方法で緩めよう、それを繰り返していけば……なんとか……。ああもう、風吹いてこいよ!
「! きた……! 風……でも、」
ゆるやかだけど、山肌を風が撫でている。木々の揺れでそれがわかる! わかるけど、ああちくしょう! さっきスピードをゆるめようとしたときか! 進路がわずかにずれた……!? 私また山に向かってるじゃないか! しかも、木々のゆれが確認できるくらい近くにまで山が迫ってる! このままじゃ丘どころかこっちに墜落しちゃう……! それはまずい……。山はだめだ! 山じゃもう一度飛ぶことすらできない!
まず……まず旋回しなきゃ! さっきと逆に、体重を前のほうに移動させて……。いいぞ、上昇していく……ちょっとずつだけど……。そんで身体を横に……倒す……丘のほうに……!
「く……っ、見えてきたぞ……丘の頂上だ……。いける。届く!」
風があるうちに進もう! 後ろに体重をかけて減速したんだから前のめりになれば加速できるはずだ。このまま……一気に風を切る……!
あと少し……あと少し……!
「っうああああっ」
足が地面についた! っていうかこれすごいスピード出てる……! 地面を蹴ってる余裕がない……思わず足引っ込めちゃったけど……。ま、また減速しないといけないのか、ええと、身体を……後ろに……。
「いや、いや……それじゃだめだ……追いつかなきゃあいけないのに……」
丘の頂上にはまだ少しある。この加速状態を利用して、あそこまで走り抜ける……!
ぐっと、足に力を入れる。浮いてたからちゃんと地面に立ててない気がするけどかまわない、走れ!
頂上はすぐそこだ。見えてるんだ……! 足がちぎれそうだ……。きっとこれ正しい着陸方法じゃないんだろうな……。でもまぁいい。ちぎれそうってだけでちぎれないならいいんだよ。息が苦しい……。身体を翼と固定しているハーネスに引っ張られる感覚がある……。浮いてる……?
そうか、もう頂上を過ぎて……。
「教会だ……すごい人だかりだ。おかげで場所がわかりやすいよ」
足が痺れてる……。今のやつ絶対もう二度とやらないようにしよう。
海からの風が丘を越えて私の背後から吹いているのがわかる。もう上昇気流はないからあとは降下するだけだけど……。この風があればスピードに乗れる。ハンググライダーが着陸する前にずんずん前に進んでいけばいい。身体を前に倒す。そうしたらあとは……すぐだ。
カラフルだな……。あれは風船かな? ほんっとに……祭みたいだな、このレース。ちらほらとレース参加者たちがゴールのラインを越えていくのが見える……。まだセカンド・ステージは始まっていない……! 間に合ったか……。
降りたらまずどうしようか……。物資調達だな。金が少しならある。ハンググライダーなんて初めてだったから、とにかく軽いほうがいいと思って荷物ほとんど打ち捨ててきちゃったし……。レースに参加するわけじゃないけれど、私はこのグライダーひとつでマンハッタンまで行かないといけないんだ。今みたいに15000メートルくらいの短いコースなら地形を暗記してから飛ぶことができたけど……。やっぱこれからは地図もいるよなぁ……。
……ていうか、人ごみ……ほんとすごいな……。私、どこに着陸したらいいんだ……?
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