楽園偏愛録 | ナノ


▼ 02



「ん、なに? 確かに私は選手でもないけど……ああちょっと! そこの斜面がこの辺で一番『良い』んだから、どけてくださいよ! もう邪魔しないで! 翼にぶち当たって怪我でもしたいのか! え? ええ、ああ……そ、そうです、記者の者です。スポンサーなんかではないので、このレースを追うには私にはこれしかないんです。いいでしょう? 気球だって飛んでいるじゃあないですか。……どこって、きっと言ってもわかりませんよ。あなたがたが知りもしないような小さな国の、小さな村から来ています。英語、少し変でしょう? その村からなんとこのレースに出ている青年がいるんですよ! レース参加のための資金は村のみんなで出し合ったんです。彼は私たちの希望なんですよ……賞金で村おこしをするための。だから私は村の唯一の記者として、彼の走る姿を見て、記事にしなくちゃあいけないんです。村のみんなが応援に来ているわけじゃない。故郷に彼の活躍を伝えるためにも、私は飛ばなくちゃあいけないんだ……。スティール氏から許可は貰ってます。まぁこの記者の数では確認を取るもの難しいとは思いますが……。ええ、本当ですよ。もういいですね? もうすぐファースト・ステージが完結する頃でしょう。ゴールには間に合いたいんです。ええ、ありがとうございます。あなたの心遣いに感謝します。このことは忘れません。村に出す新聞の最後にあなたへの謝辞を添えたいと思います。では、急ぎますのでこれで……!」

 そんな国もそんな村もそんな青年も私のような記者もいねーよ! と心のなかでボロクソ吐きながら地面を蹴る。ゆるい、斜面……。でもわずかに風が吹いている。風向きが良い感じだ。今日は良いな……。風が海から陸に吹き付けてる。追い風になるし、その風が山の斜面を『登る』ことで発生するわずかな『上昇気流』に……乗る! 旅人に金を押し付けて無理矢理買ったハンググライダー! パーツのきしむ音がする。でも、それ以上に、風を切る音も……する。足が浮く。ゆっくりと上昇していく。足を閉じて、身体をまっすぐ伸ばす。地面に対して平行になるように……。大丈夫だ、まだ浮いてる……。昇っていく……。不思議だ。翼があるだけで……人間も飛べるのか。ビーチがどんどん小さくなっていく……。
 空を飛ぶだなんて正直初めてだからなかなかわからないが、とにかくレースに追いつければ良い。スタートからもう15分は経っている。先頭集団は20分くらいでゴールするはず……。あるいはもっと早いかもしれない。初日からそんなに飛ばすだろうか……。でも、タイムボーナスもかかっているし、多少無茶をして一位がさらえるならもうけもんだろう。そして、必ず! リタイアした者以外全員がゴールするまでセカンド・ステージは開始されない。この15000メートルの短いステージはいわばオープニングセレモニーだ。選手たちにとっては立派に戦いだが、運営側としては観客にレーサーと馬のお披露目、このレースが全体としてどういった体を成していくのかをわかりやすく提示するためのパフォーマンス! 一位の奴は表彰されたりするかもしれない。このレースのイメージを良くするためにあらゆることがされる気がする。選手には料理が振舞われているかもしれないな。その間に、彼らがゆっくりとセカンド・ステージの準備をしている間に、チェックポイントにたどりつければいい。なるべくレース集団を見失っていたくない。チェックポイントを利用して、私がマンハッタンにまでたどり着くにはそれしかない。
 山に吹き付ける風で充分に上昇したら、進路を変えて丘の上を飛ぶコースをとろう。馬鹿正直に進んでいればレーサーたちは丘を迂回するコースをとっているはずだから、私のルートは一応近道にはなるはずだ。だが、そこで……丘の上に達した時点でおそらく『上昇気流』は止む……。『ハンググライダー』は滑空する道具だから、追い風がゆるく吹いている以上私はそれから降下するしかない。幸いにもあとはゴールまでずっと下り坂だ。経験がひとつでもあれば『これで大丈夫』と言えるんだが……。

 ……山が近づいてきた。そろそろ進路を変えよう。ええと、左に曲がりたいから……、ああ、えっと、そもそもコントロールバーの握り方はこれで合っているのか……? 旅人に尋ねておけばよかった……、いや、そんな時間はなかったか……。と、とりあえず重心をずらしてみよう。真ん中から……ゆっくり……Uターンしてしまったらまずいから……左に……。

「うっ、わっ、揺れる……!」

 揺れる、けど、これでいいのか? 曲がったけど、できたけど! 山から逸れていく……これで……。いや、違う、まだ揺れてる、というか、安定していない。重心を真ん中に、戻す。戻す! どんな体勢で乗っていたっけ? どうすればいいんだ!? 傾いたまま戻らない……! じゃあ、真ん中じゃなく、右に進路を変えるつもり、で、もう一度……!

「うっ、うう……で、できた……! できたけど、なんだこれ……さっきからだ、降下してないか……、まさか、風が……?!」

 止んだのか! ビーチからの追い風! どうする、このままだと、どこかに一度着陸することになる。丘の上につく前に脚をついてしまったら……、丘を越えられない! レーサーたちと同じく、丘を迂回するコースをとることになる! それだけは……!





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