楽園偏愛録 | ナノ


▼ 03


「……悪いが、私はこの商品につけていた『値札』を失くしてしまっている……。いくらで売る予定だったのか? それを覚えていれば先ほどあなたが聞いていたように、いくらで売るかを大声で知らせることができていた。私は今、水を飲んでいる……。この仮面だけなんだ。この仮面ははいったいいくらなら売ることができるのか? 忘れてしまったんだ。もうほどんど商品は売れてしまったし、この仮面やピアスのひとつくらい売れ残ったっていいかな、と私は思っている……」
「……」
「そこで相談なんだが、この仮面にはどのくらいの『価値』があると思う? あなたに聞いている……。いくらで売るか忘れてしまった以上、かんたんな値段でこれを売ってしまうのは私にとって損だ……。また別の機会に売りに出せばいいだけの話だからな。あなたにとってのこの仮面の『価値』を聞きたい」
「その仮面がどのくらいの値段で売る予定だったのか、だと……? 考え得るかぎり最高の額を言えば済む話じゃあないのか?」
「『忘れてしまった』と言っただろう」
「……」

 正直、私は少し驚いていた。こんな……あきらかに相手の腹を探るような言い方をされて、その男がそこを立ち去らなかったことに。あるいは、腹を立てて殴りかかってくるかもとか……そういう可能性だって考えていた。しかし男はそのまま……仮面を指していた指は下ろしたものの、そのまま黙ってじっとこちらを見る。彼がじっくりとなにかを考えたりしている時間はない。たぶん、私に殴りかかっている余裕も……。もうすぐレース開始の時間だ。だからこそ私は彼にこんな喧嘩をふっかけることができているわけだが……。

「どうしても欲しい」
「は?」
「どうしても、と言った。それが、俺がその仮面に賭ける『価値』だ。さきほど俺がこの仮面を指差したとき、君は『何故?』と思ったようだが、客の内面を探るのは物売りとして品があるとは思えないな。よって君に、この『どうしても』の中身をさらに探る権利はない、と俺は考える……。どうする? 商人。俺は『どうしても』と言ったぞ」
「な、なん……」

 なんで、と言いたい!
 そこまでじゃあないだろう。この仮面の『価値』なんてのは……。賭けてもいいが、これはただの仮面で、探せばきっと似たようなものが土産屋で見つかる! そういうものを仕入れたんだ。いや、それとも……? あるのか? 『価値』が? 私が、知らないだけで、この男にはそれがわかった……? ただの仮面じゃないのか? なにか……違いが……。もし……男が言うだけの『価値』が……もし……この仮面にあったなら……。ちょっとやそっとの額でこの仮面を手放すわけにはいかない……。わかっていてやってるのか? この男……。

「『悪いが』、時間がないのでな……。君が決められないなら俺が決めてやる。そうだな……半分でどうだ? 半分で俺に売ってくれ」
「な……に……? なんだ半分って……なんの……半分……?」
「5千万ドルの半分だ。キリが悪いか? これ以上はまけられないので、その場合は2千万ドルだな。どちらがいい?」
「ご、5千万ドル……?! おいふざけてんのか、その数字……聞いたことがあるぞ、レースだ……。レースの優勝賞金……!」
「言ってなかったか? 俺はレースの参加者で、もちろん優勝するつもりでいる。だが、……そうだな、レースになんの支障もないとはいえ、ちょっとばかりの不安も、まぁ、ある……。ほんのちょっぴりだけどな。それを、なにかで……お守りかなにかでいい、ぬぐいたい。だからその仮面が欲しい。『どうしても』だ。だからその仮面には『価値』がある。俺はもう決めているぞ。あとは君の決断待ちだ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれいきなり……なにを……。モチベーションを高めるためにか? 優勝できなかったらこの仮面の金は払えない……あんたはすごく困ることになる……自分を追い詰めるために? それに何故私を巻き込むんだ」
「馬鹿か君は。そんなことをしなくても優勝はできる。どちらかというとパフォーマンスに近い。君にとっては悪い話ではないと思うが……何故迷っている。言うのは二度目だがレースの開始が近い。美味い話を持っていく相手はもっと話の通じやすいほかの誰かがいいのかもな」

 この野郎! 商人相手に上から目線で交渉しやがって! 私はそういうのが、大嫌いなんだよ!
 だが……5千万ドルの……半分! 半分でも、それだけあったら……。
 でも、でも待て、私の……この『レース』への賭けは! もう終了してるじゃないか、成功と言う形で……充分に設けることができた、充分に! もういいだろうレースが始まったら私は帰る……レースを追うことはできない、移動費がかかるから……。もう成功したんだから……帰るべきだ、すぐ……。





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