SS部屋 | ナノ
温泉静帝その五

2010/11/09 07:47

身体を揺すられ目が覚める。鼻を擽るいい匂いに、ひくひくとそれを動かす。
 テーブルの上には山らしく山菜をふんだんに使った豪勢な料理が並んでいて、腹がきゅうと鳴る。
「飯がきたんだが、食べられるか?」
「は…はい」
 外を見たが、真っ暗になっている。一体どれくらい眠ってしまったのかと頭を掻き、痛み腰を押さえながら起き上がる。
 静雄に掌を差し出されたので首を傾げながらもそれをとれば、腕を引かれ、膝の上に座らされる。
「静雄さん…っ」
「俺が食わせてやる」
「いや、あの」
「どれが食べたい?」
 箸を持ち、優しげな目で尋ねる静雄に帝人はう…っとなり、渋々揚げ物を指差す。塩をつけて口の前に差し出され、帝人は観念してそれをぱくっと口に含む。
「…美味しい」
「そりゃよかった」
 静雄も自分の口へと運ぶ。美味いな、と柔らかく笑う静雄に、今日は来てよかったと心から思う。
「明日、もし身体の調子がよかったら外に出よう。山を少し降りた所に街があるんだと。で、夜には卓球でもするか」
「はい!」
──明日も、明後日も静雄さんと一緒にいられるんだ!
 大きな手で頭を撫でられると心が落ちつく。うっかり閉じてしまいそうになる瞳に、静雄は慌ててその手で頬を挟み込む。
「寝たらダメだ。まだ全部食ってないだろ」
「じゃあ、次はお豆腐が食べたいです」
「ん、これだな」
 まるで赤ん坊のようだけど、静雄にこうして可愛がって貰うのは悪い気がしなかった。
──今日は静雄さんに目一杯甘えよう。明日は僕が静雄さんを甘やかすんだ!
 帝人がこうやって意気込んでいることも知らず、静雄は微笑む帝人に幸せを胸に抱きつつ、吐息を零した。


 次の日には帝人の腰の調子も大分よくなり、朝食は旅館で食べ、昼は外で食べようということになった。
 朝食は旅館らしく和食だ。いつも朝はおにぎりを頬張っていたので、帝人が朝に白米以外のモノを食べるのは久しぶりだった。
 静雄が食べようとするのをハッと手を掴んで止める。
「ど、どうした?」
「僕にやらせてください」
 帝人の言葉の意味をよく理解していないらしく、首を傾げている間に卵焼きを挟み、静雄の口に近付ける。
「静雄さん、あーん」
「…ッ」
 ここまでしてやっと帝人の行動の意味を理解したのか、顔をぼんっと赤く染める。
「あーん」
「…」
 じいっと見つめていれば、静雄は諦めたようにぱくりとそれに噛み付いた。
「美味しいですか?」
「帝人の作ったやつのが美味い」
「もー」
 帝人は普段は塩と醤油で味付けをするのだが、静雄には甘い卵焼きを作るようにしている。だからこれはただ単に好みが甘いのか塩なのかの差だと思う。因みに帝人は塩派だ。
「ん、僕はこの卵焼きの方が好きですよ」
「そうなのか?…そうか」
 もくもくと飯に手を伸ばし、ぽつりと呟く。何がそうか、なのかはわからなかったが、それ以上静雄から言葉がなかったので帝人も食べ続けた。
 食べ終えた後、二人は山を少し降り、街へと出た。山奥の割に賑わっていて、旅館が沢山あった。
「皆さん、殆どの人は此処辺りに泊まってるんでしょうか」
「ああ。あの旅館は穴場らしいからな。静かに出来る方がいいだろ」
「まあ、そうですね」
 客は老夫婦や家族、恋人達で溢れていた。コツン、と互いの手の甲が当たり、バッと手を逆方向へ引く。
 シンクロした行動に、二人で笑う。
「手、繋ぐか?」
「え…」
「周りの目線が気になるっていうんだったら服掴んでろ。此処から人が増えるから、帝人が迷子になったら大変だ」
 僕なんかが静雄の手を掴んでいいのだろうか、とちらりと上を見上げれば、静雄の優しげな顔。帝人は迷う事なく静雄の掌を掴んだ。
「おお…」
 静雄は自分から提案したというのに、耳を赤くしている。
「じゃあ、行くか…」
「はい…」
 手を繋ぎ直し、所謂恋人繋ぎというものにする。照れ臭かったが、嬉しいという感情の方が勝る。
「昼、何が食べたい?」
「さっき朝ご飯食べたばっかりじゃないですか」
「先に決めておこうかと思ってだな…」
「じゃあ静雄さんが決めてください。僕は硬いモノ以外なら大体はいけます」
「そうか」
 考えとく、と繋ぐ手の力が強くなる。多少痛みは感じながらも、帝人の心は幸福に包まれた。



静帝は甘いのが定番だよねという話


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