静帝と津学
2010/10/09 11:31
静雄は帰るとすぐにパソコンの電源をつける。
こうやってパソコンを毎日のように触るだなんて少し前なら考えられなかった。これも帝人に奨められたからだ。
慣れない手つきで一つのソフトを開く。それは帝人が作ったソフトで、試作品だそうだ。
「ただいま、学人」
『しずおさんっ、おかえりなさい!』
小さな画面の中でかわいらしい声を発するのは帝人とよく似た顔をした小人。
白と黒のしましまのシャツに緑のサングラスをかけていて、帝人なら決して有り得ないといえる恰好だ。
学人と呼ばれた彼は、静雄がカーソルを合わせて頭を撫でれば擽ったそうに笑う。
『きょうもおつかれさまです』
「学人、何か歌ってくれ」
『はい、しずおさん!』
学人は元々音声再生ソフトだ。だが帝人はそれだけじゃつまらないと人工知能をつけた。静雄は(あいつって天才じゃないのか?)と思ったほどだ。
教えたことはスポンジのように吸収していく。
以前、ネットサーフィンを自由にさせたことがあったのだが、変な知識ばかり学んできてネットサーフィンを禁止にさせたこともある。
学人の歌う曲を聞きながら愛しい恋人の顔を思い出す。
「…最近、会ってないなあ」
無意識に呟いたのだが、学人の耳には入ったらしい。歌を歌うのをやめた。
『マスターのことですか?』
「え?い、いや…」
マスターというのは帝人のことだ。そういう風に設定したつもりはないらしいのだが、何故か帝人のことをマスターと呼ぶ。
『メールをおくりましょうか?』
「あ?メール?」
『はいっ、ぼくにはメールのきのうもついているんです』
「あいつ、本当に天才だな…」
とことんこだわるタイプである帝人は他にも学人にイロイロな機能をつけているのだが、あまり使い方がよくわからない静雄は気づいていないものが多い。
『しずおさん、ぼくにむかってマスターにつたえたいことをいってください。ぼくがマスターにおくりとどけます』
「……会いたい」
『それだけでいいんですか?わかりました、すこしまってください』
学人が消え、画面に奇妙な文字列が並ぶ。
静雄がそれを見守っていると、送信が終了したらしく、ス…といつもの画面に戻った。
学人だけだと思っていたのだが、隣に和服を着た金髪の男が立っている。それは静雄と同じ顔をしており、津軽と名乗った。
学人より流暢な話し方をしており、声は静雄そのものだ。帝人が作ったソフト第二弾らしい。
『帝人から、返事』
再度、文字列が並んだと思えば、愛しい恋人の声がパソコンから聞こえる。
『メール、使ってくれたの初めてですね。よかった、もしかしてバグがあって使えないのかと思いました。……あの、僕も会いたい、です。よかったら、明日空いてますか?あの、無理はしなくていいですからね?じゃあ』
プツッ、と声が切れる。惜し気な表情をしていると、津軽に悪態をつかれる。
『しずおさん、おへんじはどうしますか?』
「…明日、昼に行くから腹空かせて待ってろ」
『はいっ、りょうかいです!』
学人が津軽の腕に掴まると、また文字列。戻ったと思えば、今度は学人一人だった。
「あいつは?」
『つがるさんはマスターのソフトなので…』
少し寂しそうに笑う学人に、頭を撫でてやる。
「で、帝人はなんて言ってた?」
『それが、その』
学人の科白を遮るかのように来客を告げる電子音が部屋に響く。
まさか、と扉を開けば、そこには息を切らせた恋人が立っていた。
「…けほっ、会いにきちゃいました」
「…ッ」
走ってきたせいで赤くなった頬を撫で、部屋へと招き入れた。
津学と静帝
次は臨也が出ます、サイケは出ません
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