学校祭といえば、体育祭・修学旅行と並ぶ高校三大行事のひとつである。
――いや、高校生活において最も華やかな行事と言っても過言ではないだろう。生徒はもちろん先生までも一緒になっての祭典に、心躍らない人などどこにいるのだろう。ここ氷帝学園高等部も例外ではない。資産家の子女が集まることでも有名な"金持ち学校"の学園祭は、殊に華やかである。学祭を1ヶ月後に控え、本格的に準備期間の始まった校内は(たった今定期考査が終わったことも相まって)、いつにないほど活気に満ちていた。

 ただし、テニス部についてはその限りではない。学園祭準備期間とはいえ、作業時間は主に放課後と休日で、もちろん授業は通常通りに行われるし、部活も休みにはならない。他の、たとえば文芸部のような、普段からあまり活動的でないクラブなら準備に集中できるかもしれない。しかし、氷帝学園テニス部はしばしば全国大会に出場するほどの強豪で、学園祭のある7月はちょうど大会の時期と重なってしまう。そんなわけで、準レギュラー以上の実力者ともなると、学園祭に全力を注ぐわけにはいかないのだ。まあ、都内でも有数のマンモス校の内の十数人がテニスに専念していようと、準備にさしたる影響は及ばないないのだが……今回ばかりはそういうわけにもいかなかった。というのも、部長であり、二年生ながら部内一の強さを誇る跡部景吾が、生徒会長も勤めているからである。


 6月の中旬なら、厳しいテニス部の練習が終わった後でも空はそれほど暗くない。とはいっても、時計の短針は既に7と8の間にある。学園祭準備の作業時間は6時までと決められているから、校内に生徒はほとんど残っていない。コートから確認できる分だと、電気のついている部屋は職員室と、あとは生徒会室くらいである。

 ……あいつ、まだ残ってんのか。
校舎の四階でぽつんと光っている明かりを見つけて、跡部はため息をついた。あれを見つけるのも今週に入ってもう4回目。テニス部員ですらとっくに帰路についている時間だというのに、われらが生徒会副会長はまだまだ仕事をしているらしい。確かに準備期間に入った途端に生徒会は忙しくなるものだが、去年はこんなに遅くまで残って作業をした記憶はない。担当の先生からテニス部のほうを優先していいと言われているし、彼女なんか生徒会のことは気にするなとまで言ったのに。あんなものを見せられてしまったら罪悪感を感じずにはいられないではないか。もう一度ため息をついて、跡部は玄関の電気さえついていない校舎へ足を向けた。


「さようなら」
開口一番、それですか。呆れてものも言えない。ハードな部活終えたあと階段4階分も登ってわざわざここまで来てやってるんだから労いの言葉くらいあってもいいものを。……中学からずっと生徒会で一緒だったから、霜山に冷たく当たられるのには慣れっこになっている。
多分こいつは、俺が嫌いだ。

「……流石にそれは酷くねえか、わざわざ来てやった人に対して」
「頼んでないもの。なんで来たの」
「テニス部終わっても電気ついてるから、仕事片付いてないんじゃねえかと思ってな、なんかやることあるか」
「生憎、あなたの手を必要とするほど忙しくはないので」
「じゃあなんでこんな時間まで残ってるんだ、もう7時30分だぞ」
「えっ?もうそんな時間?あー……、帰らなきゃ、じゃあ本当にさよなら」
「送る」
「は?」
「もう暗いだろ」
「だから?」
「危ねえだろうが。車で送ってやるって言ってんだよ」
「結構です」
「霜山、お前、自分が女なの分かってるよなあ?」
「そんなことよりも、跡部に借りを作りたくないの。あんたに気使われるなんてまっぴらごめんだわ!」
「……そんなことって、せっかく人が心配してやってんのに」
「ほっといて。別に自分で帰れます。か弱い女の子じゃないんで」

 それじゃ、と霜山はかけるように生徒会室を出て行って、あっと言う間に姿を消した。別に自分の足なら追いかけていって捕まえて無理矢理車に乗せてしまうことも可能だけれど、わざわざこの関係をさらに悪化させることもあるまい。もっとも、彼女は優秀な副会長だから、生徒会室の雰囲気がどんなに悪かろうと平然と仕事をこなしていくのだろうが。

 去り際、霜山は机の上の資料を鞄に突っ込んでいった。家に帰ってからも、まだ頑張るつもりらしい。……何をそこまで必死になっているだろうか。跡部は三回目のため息をついて、生徒会室の電気を消した。







‖いつものこと
110118
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