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――天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ とは、福沢諭吉のあまりにも有名な言葉である(正しくは諭吉がアメリカ独立宣言から引用したものだ)が、これは人はみな平等であると主張する言葉ではないのも、また有名な話。もしかしたら神は本当に全ての人を平等に造ったのかもしれないが、そうだとしたら神は人をありとあらゆるものに差をつけないと生きてゆけないように造ったのだと思う。総理大臣とホームレスは平等であるとのたまう人がどこにいようというのか。福沢諭吉はこの差は学問の有無によって生まれると説いた。現代ではそれだけで話を収めることは不可能だけれど、彼の考えが今でも日本の教育の根底にあることは否定できない。 今日では多様な生き方があって、学問をそれほど必要としなくても幸せは得られる。しかし、社会的な意味での良い生活を送ろうとするなら勉強は不可欠だし、それを求めていなかったとしても、勉強はしすぎても得になりこそすれ損はしない、というのが私の持論だ。 「うん、確かに柚香は勉強しすぎ」 「そして慈郎、あなたは勉強しなさすぎです」 「えーだって勉強しなくても幸せになれるんでしょ」 「じゃあ聞くけど、あなたの幸せとは?」 「テニス」 「慈郎は、高等部行ってまた跡部くんたちとテニス部やりたいんでしょ?」 「うん」 「それなら、高等部の入試にパスするために勉強しなくちゃいけないでしょう」 「うちエスカレーターだし、あってないようなもんじゃん」 「それでも本当に成績の悪い極々一部の人は振り落とされかねないの、知ってた?」 「……スポーツ推薦」 「あれは内申点も必要だからね、例えスポーツがちょっと人よりできても、毎度毎度突っ伏しててろくに授業も聞いてないような人を欲しがる学びの場なんてなかなかないと思う」 「高校じゃなくてもテニス、できるC」 「まあ、プロ目指すならそういう道もないとは言わないけど」 「……いい、落ちたらテニスクラブ通いながら店の手伝いでもする」 慈郎の声のトーンが下がった。まずい、ちょっと言い過ぎたかな。にしても、慈郎はそんなにテニスが好きなのか……というか、勉強したくないのか。 「あー……ごめん、いじめすぎた?」 「いじめすぎた」 「あのね、私言いたいのそういうことじゃなくてね」 「じゃあ、なに」 「さっきあんなこと言っちゃったけど、高等部行けないなんて思ってないし。あれに引っかかるのなんて、停学食らったことあるとか、入試で0点取ったとか、そういう次元の話だから」 「じゃあ別に勉強しなくても高校でテニスできるんじゃねーの?」 「あのね、中学までは義務教育だからどれだけひどい成績とっても学校さぼってもなにもなかったけど、高校はそうじゃないの。赤点取ったり出席日数足りなかったら当然留年するし、そしたら部活止めさせられるよ」 「……うん」 「せっかく高校行ったのにテニスとりあげられちゃうんだよ。そんなの嫌じゃない?」 「やだ」 「でしょ?高校いったら今までみたいにはいかないし、それに氷帝真面目な学校だから、見逃してはくれないよ。勉強だって難しくなって、頑張らないとついていけなくなるの。でも中学までのことが基礎になってるから、今までの内容をちゃんとやっていれば高校の勉強だってできるんだよ」 「……進○ゼミ?」 「ちーがーいーまーすー!私は本気なの!あなたのことを心配してるの!なんでこのタイミングで茶化すの!」 「あきた」 「…………」 「……ごめん今のは酷かったかも」 「酷かった。まあ慈郎が私の長い話を寝ずに聞いてただけでも奇跡だけど」 「柚香も酷いよね」 「とにかくね、私が思うに勉強はやりすぎても悪いことはないんだからね、慈郎もちょっとくらいやる気だしてくれてもいいんじゃないかなと思うの」 「……分かりました」 「テニスのためと思ったら勉強してもいいでしょ?」 「そうかもしれないような気がしなくもないような気がする」 「めちゃくちゃぼかすな」 「うーん、じゃあ柚香の勉強に付き合ってあげてもいいよ」 「逆でしょうが!私があんたの勉強みてあげるんでしょうが!」 「教えてくれんの?」 「いいえ慈郎、あなたが寝たりさぼったりしないように監視するのですよ」 「俺ってそんな信用ない?」 「あら、よくそんなことがいえますねえ、芥川くん?」 「ごめんなさい柚香様ちゃんとやるから芥川くんやめてください」 「……まあ、勉強教えるくらい、いくらでもやってさしあげますから」 「ありがとうございます柚香様」 「でも、条件があります」 「なんでしょうか柚香様」 「勉強時間中、くれぐれも寝ないように」 「…………、善処します」 慈郎、そんな難しい言葉よく知ってたね。 ‖学問のすゝめ 110113 |