あのあと私と遼は、会長がバイト上がりの時間になった私を呼びにくるまでずっと店の前で喧嘩していた。罵詈雑言も底をつき最後のほうは手が出て足がでて取っ組み合いになっていたけれど、所詮女が勝てる訳などない。しかも奴は足を出さなかった。サッカー選手様の大事なお御足はボールを蹴るためにのみ存在するのであって私めなど蹴るほどもないということですね。余裕ぶっこきやがってまじ腹立つ。今度会ったらそんな余裕なくなるまでに打ちのめしてやる。
 
 あーあ、なんで私遼なんかと付き合ってたんだろう。いちいち文句つけてくるめんどくさい奴を好きだった自分が信じられない。次の恋はもっと優しく私をいたわってくれるような人としたい。あんなかっこつけじゃなくて、素直でかわいい、そう……椿くんみたいな。
 
 あれ、椿くん、けっこういいんじゃあないの?少なくとも口は悪くないし、ちょっと……いやかなりへたれだけど、思いやりあって優しそうだし、ピッチの上じゃかっこつけではなく普通にかっこいいなと思えるし。顔も悪くない。ちょっとかわいいとからかったくらいであんなに照れちゃうかわいい人もなかなかいるまい。考えれば考えるほど椿くんありな気がしてきた、ぞ。
 
 今に見ていろ赤崎遼。私はあんたより早く幸せをつかんでやる。そして目の前で見せつけてあいつが悔しがる姿をしかと目に焼き付けるのだ。ふん、ざまあみろ!(TO:未来の遼)
 

 中断期間にはそれこそ試合はないものの、後半戦に向けたキャンプがあるから休みという訳ではない。軽井沢とか北海道とかいわゆる避暑地にでもいけば少しかリゾート気分が味わえるのかもしれないが、あろうことかETUのキャンプ地は夢の島である。東京を出ないんじゃリゾートもへったくれもない。あー、暑い。
 
こんな炎天下まで練習を見にくるファンも、わざわざご苦労なことだ。ありがたいけれども。まあ、はるばる北海道まで追っかけるよりは楽か。あのあたりの女子の山はほとんど王子目当てだろう。王子は握手もサインもしないのに、それこそ本当によくやるなあ。
 
 ……と、フェンスのむこうの人だかりのなかに、よく知った顔が混じっているのを見つけた。誰狙いなんだろう。あいつ、俺のときは練習見に来るなんて滅多にしなかったくせに。あーいらいらする。どうせならヴィクトリーとか、俺の見ていないところでやってくれれば良かったものを……俺に見せ付けてやろうって腹か。まったくいい性格してんじゃねーか。
 

 練習が終わったあとは大抵サポーターとの交流の時間になっていて、サインや握手に応じたり、少し話をしたり。そういえばあいつはだれのところへ行くんだろう。ミーハーじゃないのは知ってるから、王子はない。ここが地元の人でもなかったはずから、古参のベテラン組ファンというわけでもないだろうし。となると、ありそうなのは、キヨさん、世良さん、あと、
 
 ああ、椿ですか。思い返せばこの前の宴会でやたら椿に構っているような気がしたんだった。どういうわけか、無性にいらいてつい口を出してしまった。人のことは言えたもんじゃないがあいつも可愛いことを言ってくれるようなやつではないから、すぐ口喧嘩になるし、ひどいときは手足も出る。ものすごく腹が立つけど、それでもあいつと話をしているだけで心が満たされていくような気になるのもまた事実で。……まあ、あいつが誰と何をしていようと、一年半前の男に口出しする権利なんかあるわけないことは分かりきってるんだけど、な。
 
 ここからじゃ二人がどんな話をしているのかは分からないけど、あいつ楽しそうに笑っている顔がいやに目につく。いらいらいらいら。この感情の名前を知らないなどとしらばっくれるつもりはない。しかし残念ながら、俺は好きな人が幸せならその人が居場所が自分の隣じゃなくていいんだと言えるほどできた人間でもないし、だからといって、今すぐ気持ちを伝えようとする素直さも、ましてやあそこから彼女を奪おうなんて度胸もない。そしてたとえ俺が動いたところで、あちら気持ちもこちらへ向かう確率は、高いだなんて、とてもとても、言え、ない。
 
 
 
 
 
 
‖ヤマアラシ
110113
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