※10年後編直後らへん








 部活が終わったあとに教室に忘れ物をしたことに気付いて、下校時刻間近で人気のない廊下で、誰もいないし、なんてロードワークしながら教室へ向かったりして(そもそも了平は人目を気にする質ではないのだけれど)。廊下同様、教室にも当然人がいないものと思っていたら、どうやら違ったらしい。机に突っ伏している影があった。斜陽に隠れて顔は見えないけれど、あそこは霜山の席だ。窓際から二列目、前から三番目。その右斜め後ろが了平の席である。
 さして気にもせずに、がらりとドアを開ける。音で気付いたのか、影が振り向いた。

「あ、やっぱり笹川くんだ」
「やっぱり?」
「ロードワークしてたでしょ」

 そんなことするの、笹川だけだよねといって、霜山はくすくす笑う。……いつも通りのはずのその笑顔に影があるような気がして、すこし違和感を覚えた。気のせいだろうか。

「もう部活終わり?」
「そうだ」
「あーもうそんな時間かあ……」
「霜山も部活か?」
「んーん、私帰宅部だもん。ぼーっとしてただけー」

 そうか、と相槌を打って、自分の机の上に無造作に置いてあったノートを取る。授業のノートなら忘れたことにすら気づかないどころか、持っているかどうかすら怪しいけれど、これはトレーニングについてびっしりと書きこんであるもので、教室に置いてきてしまったことにびっくりだ。
 いそいそと鞄にしまう。と、霜山がずっとこちらを見ていた。はて、その顔に落ちる影がやけに濃いのは、夕陽のせいだろうか?どうにもそうとは思えなくて、了平に彼女を放っておいてはいけないような気にさせた。

「なんだ?」
「あ、いや、なんでもない、うん、なんでもないよ」
「なにかあったのか?」
「いやっなんにもないんだけど……でもあったっていうか、いやまあどうってことなくもないけど、勝手に落ち込んでるだけだから大丈夫だよ、はは……っ」

あーもうどうして、よりによって京子ちゃんのお兄ちゃんに行き合っちゃうのかなあ。

 やっぱり、気のせいなんかじゃなかった。困ったように笑みを浮かべた顔にみるみるうちに暗雲が立ち込めていく。

「京子?」
「ツナがさあ、京子ちゃんのこと好きなんだって。知ってたけど」
「なっ……!いやまだ京子にはそんなこと……」
「じゃあ、私と手組まない?」
「?どういうことだ?」
「私、ツナが好きなの」
「……?」
「私も笹川くんも、ツナと京子ちゃんがくっついたら具合悪いじゃない?だから、そうならないように協力してよ」
「……そういうのは、いいのか?」
「そこは嘘でもいいよって言ってよ……私、もうどうしたらいいか、分かんない」

 家も隣で幼なじみで一番ツナに近い女の子だって自信あったし、教えてあげようと思ってすごい勉強頑張ったし、おばさんのごはんが美味しいっていうから料理もできるようになったし、可愛くなりたくてメイクもおしゃれも覚えたの。全部ツナのためなの。なのにね、だめなの。……なんでかなあ、私、魅力ないのかなあ……

 魅力のないはずがない。自分で自分を「努力している」と認めるには、相当な努力が必要なのだ。それはボクシングでも同じこと。事実、霜山は同学年の男子にも人気があり、クラスの男子の間で話題に上ったこともある(もっとも、そのような話に興味を示さなかった縁の薄かった了平の知るところではないのだけれど)。

「好きな子がいるのは分かってたの。ほら、よく恋愛相談からはじまる恋とかもあるじゃない?だからチャンスがあると思ってずうっと応援……する、ふりしてたし」

 私、まだ好きな人が幸せならそれでいいとか思えるような、大人じゃないんだよねえ。年上なのに、情けないよねえ。……ああ、だから、だめなのかなあ。

「……それは、違うと思うぞ」

 今まで縁の薄かった自分には難しいのだけれど、そうじゃない、ということだけは分かった。もし彼女のいう好き、がボクシングと同じだとするなら、やれることをすべてやりきったのなら、試合で負けたとしても、悔しくても自分を責めたりはしない。誰も悪いわけではないのだから。それに、欲しいものを諦めるなんて選択肢は、了平の中に存在しない。

「そっかあ。……ありがとね、慰めてくれて」

 今度は天気雨だ。顔は晴れているのに、雨が降っている。そっか、なんて言いながら、本当は全然納得なんてしてなくて、苦しくて苦しくて仕方ない。のに、

「どうして、笑っていられるんだ」
「そうでもしないと泣いちゃうから!笹川くんに涙見せたってツナは振り向いてくれないの!もう駄目だって分かってるのに止められないんだもん!どうして、私じゃ駄目なの?!私の何が駄目なの?!もうこれ以上何したらいいの?!」

 ああ、ついにバケツがひっくり返った。嵐だ。泣き顔を見せるのは彼女にとっても不本意だろうし、見ている方だって気持ちのいいものではない。けれど、難しいことの苦手な了平には、心を隠して笑ったりされるより、こうやってまっすぐな感情を向けられるほうが、ずっといい。

「じゃあ、別の誰かを好きになったらいい」
「それができてたらこんなに辛くないよ!」
「それなら、俺が、霜山に好かれるようにする」
「だから!……へ?今、笹川くん、なんて?」
「霜山が、俺のことを好きになるようにすれば」
「ぷっ」
「なんだ」
「ねえそれ本気?」
「俺はいつだって本気だぞ!」
「そうだよねえ、笹川くん冗談とか言えなさそうだもんねえ……ははっ、あはははは!」
「なんで笑うんだ!」
「いやだって、そんな解決策があるとは、思わなっ……あはは」
「霜山がどうしたらいいかと言ったんじゃないか」
「そこは普通、答えを求めてるわけじゃないんだよ、反語だよ」
「反語ってなんだ?」
「そうくるか……ツナ並だね」
「勉強なんてしたことないからな!」
「自慢できたもんじゃないでしょ、それは!反語っていうのは、疑問文なんだけど、問いかけじゃなくてもう答えは用意されてて、強く否定したいときに使うんだけど、って、もーなんで私泣いてたのに笹川くんに反語教えてんの……ちょううける」
「霜山が勝手に笑いだしたんじゃないか」
「あーはいはい、そうでしたね……っていうか、分かってる?一番大変なの笹川くんだよ」
「どうしてだ?」
「だってさあ、私めっちゃツナ好きだよ?笹川くんは私振り向かせる前に私を好きになるとこから始めなきゃじゃん」
「俺は霜山好きだぞ?」
「……そーじゃなくてさあ……私の好きと笹川くんの好きは違うと思う」
「そうか?」
「だって笹川くん、私と手つなぎたいとかキスしたいとか思わないでしょ」
「キっ……?!」
「えっなんで今更照れるの?」
「いいいやだだだいじょうぶだ」
「全っ然大丈夫じゃないよね……前途多難だねえ」
「しっ心配はいらんぞ!」
「そーかなあ」
「元気があればなんでもできる!極限にファイトだ!」
「そうだね……あーめっちゃ笑ったらなんか元気でたかも。笹川くん、本当ありがとね」

 ああ、綺麗な夕焼けだ。笑った霜山の顔はすっきりと晴れている。
 間もなく日が沈む。けれど、またすぐに日は昇るのだ。





‖おわりは はじまり
110524

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