「おい、霜山!……まったく、なんなんだ、あいつは?」
……俺は何も悪いことしてねえよな?まったく意味が分からない。学園祭の準備が始まってから、霜山はいつも以上にピリピリしているような気がする。4年も生徒会で一緒にやっていて、優秀すぎるほどの副会長ぶりにはいつも助けられていた。だから今回も生徒会の方は彼女に任せても跡部は安心していられたし、テニスに集中する余裕もあったのだ。……しかしこれでは霜山が逆に心配である。昔から仕事魔で、かつ人に頼るのを嫌うところはあった。最近はそれらが輪をかけてひどくなっている。昨日あんな熱を出したのは、おそらく家でも作業に夢中になって体調管理をろくろく行っていなかったからだ。今日も1日くらい休んでいたほうがいいに決まっているのに、こんな朝早くから学校にきて、風邪が長引いたらもっと大変なことになるとかは考えないのだろうか。多分、というか絶対、霜山は自分の行動がかえって人の心配を煽っていることに気づいていない。その上、人が手を差し伸べようとするとその手を思いっきり嫌な顔をしてはらいのけるのだ。……人の好意をなんだと思っているのか。昨日歩けもしなかった霜山を(嫌がっているのを無理矢理とはいえ)送ってやった跡部に、形だけでもお礼の一つくらいあってもいいはずだ。今だって、霜山を心配して代わりに仕事を片づけておこうとした、というか生徒会長が生徒会の仕事をするという至極当たり前のことをしていただけなのに何故か嫌な顔をされ、挙げ句理解不能の捨て台詞を吐いてどこかいってしまうし。 前々から彼女に嫌われているというか、反発心のようなものを抱かれているとは思っていた。それにいささか強すぎる責任感と、持ち前のワーカホリック。……きっと霜山は、何もかもをひとりでやろうとしすぎなのだ。 そんなこと、不可能なのにな。 過去の自分に彼女が重なる。すべてを自分ひとりでやらねば跡部景吾ではいられないと思っていた過去が、跡部にも確かにあった。そのときにそうではないのだと、となりの人に寄りかかってもいいのだと教えてくれたのはテニス部の仲間、それに彼女だった。……自分では、気付いていなかったらしい。あんな小さな背中に、必要以上の荷物を背負いこんで、転んでしまうまえに頼ってほしかった。生徒会に会長と副会長の二人が必要な理由を、今度は俺が教える番だ。 「……見つけた」 屋上へ繋がる階段の一番上、なんていうベタなサボりスポットに生真面目が小さく丸まっている様子はすこし笑えた。とはいっても、まだ朝のSHRも始まっていないので彼女はさぼっているわけではない。何よ、とその体勢のまま顔を少しだけ上げてこちらをにらんでくる。その目は心なしか潤んでいるような気がした。……霜山、本当に小さいな。どうして成長期もとっくに過ぎた今になって、彼女のことをこんなに小さく感じるのか、跡部は不思議に思った。 「ほら、戻るぞ」 「どこに」 「生徒会室に決まってるだろうが」 「……嫌」 「珍しいな、お前生徒会室大好きだろ」 「跡部がいる生徒会室は嫌いなの」 「……何故だ」 「言うと思う?」 「まあ、素直に答えるようなタマじゃあねえよな」 「知ってるなら放っておいてよ」 「断る」 「いいよ、こっちから無視するから」 「じゃあ俺も好きにさせてもらう」 「どうぞご勝手に」 「霜山、お前な、何でもかんでも自分でやろうったって無理だぞ。いくらお前でも」 どうしてそんなこと跡部にいわれなきゃならないのよ、という憎まれ口に今更傷つくほど、短い付き合いではない。……なんだよ、無視するんじゃなかったのか。 「俺だって無理だ、そんなの」 彼女の目がびっくりしたように見開かれる。俺のことスーパーマンとでも思ってんのか、こいつ。まあ、自分でそれをやろうなんて馬鹿な真似をするんだから、無理もない。 「そもそも学園祭ってのは、大勢でひとつのものをつくりあげるところに意義があるだろ。それをひとりでやっても面白くもなんともねえだろ」 「……」 「そうじゃなくたってお前はいつもそうだ、人を頼るまいと意地になって。それで何かいいことあるかよ」「……あなたには分からないでしょうよ」 「分かるさ」「何が」 「俺も昔、お前と同じだったんだよ」 「全部ひとりでやらないと自分じゃない、人を頼ったら負けだと思ってた。でも、そうじゃないと思えたのはテニス部の奴らとか……霜山がいたからだ。霜山がいなかったら、俺は生徒会の仕事をこんなに上手くやってこれなかった」 ここで言葉を切る。生まれた沈黙に、霜山はぽつりと本音をこぼした。 「……だから、あんたのこと嫌いなのよ……何やったって勝てないんだもの」 「……」 「いつだってそうよ、どんなに足掻いたって跡部はわたしの前にいて……挙げ句お説教までされて……私が全力以上で走っても追い越すどころか追いつけもしない……私はこんなに頑張ってるのに!私は間違ってるの?努力はいつか報われるんじゃないの?」 「お前が誰よりも頑張ってるのは、俺が一番知ってる」 何年一緒にやってきたと思ってるんだ、そう言えば、彼女の緩んでいた涙腺が遂に決壊した。ああ、霜山の泣き顔なんてはじめてみた。はじめて触れる本当の気持ちがうれしくて、頬が緩む。涙を拭ってやろうと跡部が手をのばすと、思いっきり嫌な顔をしてその手を払いのけた。 「何よ、この程度で泣くなんて、馬鹿だと思ってるんでしょ……」 「違うさ」 まったくとんでもない意地っ張りだ。でも頭の良い彼女のことだから、跡部の言いたいことはきっと分かってくれている。 「なあ、どうして生徒会には会長と副会長の2人が何だと思う?」 「……、しらないっ」 拗ねたようにぷいとそっぽを向いて、そう答えた霜山が、すごくかわいいと思った。 ‖ひとりじゃないよ 110222 |