目が覚めて一番先に目に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井だった。カーテンの隙間からはやわらかな光がこぼれてベッドまで届いていて、窓の向こうでは小鳥がさえずっている。もう朝か、とそこまで寝起きの頭で考えて、はたと気付く。あれ、昨日私どうしたんだっけ?
ベッドに入った記憶が全くない。それどころか、昨日の夜に何を食べたかも覚えていない……そもそも、私どうやって家に帰ったんだっけ。といっても、べろんべろんに酔っ払っていたわけではない。昨日はすごく熱があってふらふらしていたのだ。ああ、跡部が生徒会室に来て……馬鹿呼ばわりされたんだっけ。そりゃあ天才のあなたからしてみれば私なんか馬鹿にしかみえないでしょうけどね……でも、あのときは頭がぼーっとしていて言い返せなくて、よくわからないうちに抱えられて……、

「あら、柚香、目が覚めた?気分はどう?」
「おはよう、お母さん……もう元気、大丈夫」
「そう、良かったねえ。でも、まだ顔色があんまり良くないみたいだけど」

 思い出したくなかった事実に血の気が引いてるだけなの、お母さん。と柚香は心の中で呟いた。そうだ、昨日は跡部に無理矢理車に乗せられたのだった。……別に自力でだって帰れ……なかった、んだろうなあ。抱えられたときも、正直なところ抵抗する体力すら無いに等しかったのだ。本当なら素直に感謝すべきところだ。しかし、今まで絶対に跡部に負けたくないと頑張ってきた柚香の頑な心は、借りを作ってしまった敗北感と、放っておいてくれればよかったのにというひねくれた逆恨みに埋め尽くされていた。

 私は女で、跡部は男だ。彼が頑張っているテニスじゃあ、自分はどうしたって勝てない。体格の差なんだから、仕方がない。その分、勉強や生徒会をあいつの何倍も頑張ったら、そこでなら勝てるんじゃないかと思った。でも、どんなに努力しようと彼を抜くことはできなかった。今度の学園祭は、跡部がテニスに集中しなければならない分、少しずるいかもしれないけど、跡部を越してさらに差をつけるには絶好のチャンスだったのだ。
それなのに、たかが風邪くらいで弱ってしまって、挙げ句の果てには跡部に助けられてしまった。自分の弱さが情けない、悔しい。自分はどうやったって跡部には勝てないんだと思い知らされたような気がして無性に悲しくなって、同時に自分のこと以外にもまだ周りに気を使う余裕すらある跡部に腹が立った。泣きたい。でもこんなことくらいで泣いているようでは跡部になんて勝てる訳がないのだ。私はどこまでも弱いやつだと、認めるしかないのだろうか。


「今日は学校どうするの?まだ無理はしないほうがいいんじゃない?」
「行く。昨日結局あんまり仕事できなかったから」
「あのね柚香、私昨日すごく後悔したのよ、体張ってでも止めれば良かったって。やっぱりあんな体で生徒会のお仕事なんてできるわけなかったのよ。それなのに無理して、彼氏にまで迷惑かけて」

 ああもう、お母さんまで傷口に塩を塗らないでよ。……って、お母さん、今なんて言った?!

「ああそうそう柚香、彼氏できたんならいいなさいよ!私びっくりしちゃったんだから。あなたにあんな格好いい彼氏がいるなんて……跡部くんだっけ?あの子、ハーフなのかしらね?それにとっても礼儀正しかったし、跡部くんならお母さん大歓迎よ!」
「お母さん、全然違う」
「あらあ、ハーフじゃないの?それにしてはすごく素敵な髪と目の色してたわよねえ」
「そこじゃない!あんなの彼氏でもなんでもありません!生徒会で一緒なだけ!」
「えーそうなの……残念ねえ」
「残念もなにもないでしょうが勝手に妄想たくましくしておいて!」
「あらあ残念よ、あんな子なら息子に是非ほしいもの。そうだ柚香、跡部くんの彼氏になりなさいよ。今から狙うんでも全然ありじゃない」
「あ・り・え・な・い!」
「まあたそんなこと言ってー。跡部くんすっごくいい男だったじゃない、私があと20若かったらアタックするんだけどなあ〜」
「……もういい?病み上がりの娘につっこませるのやめてくれない?結構つらいんだけど」
「んもう、まったく柚香ちゃんはつれないんだから。誰に似たのかしらねえ」
「お母さんじゃないのは確かね。……行ってきます」
「行ってらっしゃーい」

 ……はあ。朝からどっと疲れた。柚香の母には多少お調子者ものなところがある。お母さんの楽天家なところが少しでも受け継がれていれば、こんなにうじうじすることはなかったのかもしれないなあ、と柚香は思った(彼女の性格は気難しい父譲りなのである)。
それにしても、あろうことか私と、跡部をそんな関係(口に出すのもおぞましい)と勘違いするなんて……なんだろう、全然違うところから傷口をざっくり抉られた気がする。
私にとっての跡部は、私の属する生徒会のトップで、生徒会でも勉強でもあと色々なところで私の鼻の先でちらちらしていて、ものすごく腹の立つ、いつか負かしたい相手なのだ。ライバルという言葉が一番近いかも知れない。お母さんが夢見ているような相手なんかには成り得ない、絶対に。
うんうんと一人で大きく頷いて、柚香は学校へ向かうバスに乗り込んだ。


 生徒会の朝は早い。……という訳でもないけれど、副会長である霜山柚香は昨日の失態を取り戻すため、誰よりも早く登校した……つもりだった。
体調も回復し、まあ朝起きたときは前日のことを思い出して少し精神的にやられていたけれど、母のボケで元気が出た……ような気もするし。部活棟4階最奥のドアを意気揚々と開けた。

「霜山?もう体は大丈夫なのか」
「えっちょっと、何でいるのよ?」
「何でって、生徒会長が学園祭準備のために朝早く登校したらいけねえ理由があるかよ」
「いやっ、まあないけど(……いやでも私的には良くないんだけど)……あっそうだ、あんたにはテニス部があるじゃない、そっち行きなさいよ」
「今日テニス部の朝練はなしだ。雨降ってんだろうが、外見りゃ分かるだろ」
「(うっ)」
「……なあ、俺が生徒会の仕事したら何かお前に都合の悪いことでもあるのか」
「っ別に!跡部には関係ない!」
「そうか」

 正確には関係ない、ではなく、言いたくない、である。柚香の跡部への対抗心はどんどんとおかしな風にねじれていってしまう。今の自分の子供みたいな言動とそれへの跡部の冷静な対応にも、柚香は嫌気がさした。……そしてまたむきになる自分にも。無限ループだ。何かする度に、もがけばもがくほど、彼との差はどんどん開いていく気がする。それが悔しくて切なくて腹が立つ。もう、どうしたらいいの。

「……じゃあね」
「?、柚香、どこ行くんだ」
「どこだっていいでしょうが」
「お前が学校早く来たのは生徒会室に来るためじゃねえのか」
「……私がそこでやろうとしていたことは、会長様がやってくださるようですから。私なんていても邪魔でしょ」
「はあ?俺はそんなこと言ってねえぞ……って、おい、霜山!……」

 いらいらして生徒会室を飛び出した。跡部と一緒にいるのは、もうあれ以上耐えられなかった。どうしたらいいかわからなくなって、結局起こした行動が卑屈になって逃げること。……柚香だって曲がりなりにも生徒会副会長を勤めるくらいには優秀だ、自分が馬鹿なのは自分で一番理解している。







‖三次元なら交わらない
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