ラベンダー・アイス | ナノ





 この日ご飯を運んでくれたのもお膳を下げてくれたのも樺地くんだった。昨日のジローさん事件があったからだろうか?
 樺地くんはとても真面目で、淡々としていた。というか、真面目、淡々としていたとしか表現ができない。
 今日も今日とてレシピを書く。今日は妙に筆が乗る。レシピ以外にも魚や貝類の下ごしらえの方法を書いていく。暫く無心になって書いていると、気付けば15時を大幅にこえていた。

「あれ、いつの間に」

 時間を忘れて集中してしまった。今後気を付けなければ。
 急いで外に出る準備をする。これがもう時間がかかって毎度毎度もどかしい。
 外に出ると、既にかなりの人数が探索に行ってしまった後のようで、残っているのは薪を割ったり水を汲んだりテニスコートを使っている人くらいだ。

「あーもう……。 もっと早く気づけてたら……」

 そうしてうろうろと手伝える人を探していると桑原さんが今まさに探索に出掛けようとしている(ように見えた)。急いで駆け寄る。

「桑原さん、今から探索ですか?」
「探索と言うか、食える山菜を探しに行こうかと思ってな」
「よければ付いていきたいんですが、いいですか?」
「ああ!そりゃ人手があった方がいい。頼む」

 頼む、というのはすごく嬉しい言葉だ。是非、と着いて行くことにする。
 森の中はやはり合宿所周辺よりも涼しい。

「さて、この辺でいいか」
「はい。えっと、図鑑を見ながら探しますか」

 一冊だけ持ってきていた図鑑を見ながらいう。

「俺は大体の山菜の見分けがつくから、その図鑑は岡峰に預ける」
「えっ、すごいですね!私、ゼンマイとかそういう有名なものしかわからないです……」
「いや、普通はそうだろ。俺も興味ないというか、必要ないものは特に詳しくもないし」

 驚いたように言うと、気を遣ってくれたのかフォローされてしまった。そういわれると確かに、と納得してしまう。興味ないものってあんまり知らない。
 そういえば私、テニスのことをよく知らずにこの人たちのテニス合宿(遭難中ではあるけど)にお邪魔していたんだと思い出した。大まかなルールくらいなら知っているけれど、勝つためにどういう努力をするとか、駆け引きとか、全く知らない。

「私、もっといろんなことに興味を持ちますね!」
「そういう話だったか?」

 とりあえず、周りの植物を見ながら山菜図鑑を広げる。この図鑑は、山菜の形からおおよその種類を割り出して、さらに色や特徴を詳しく調べて特定することができる。
 しかし調べながら山菜を探すとなるとやはり時間がかかる。やはりこういうときにすでに頭に知識があるのと無いのでは効率が全く違う。
 暫く見て回ったけれど、この辺はあまり食べられる山菜がなさそうだから少し移動することにする。
 少し視線をあげると、少しせり上がった丘があるみたい。そちらから全体を見てみよう。

「ふう、ふう……」

 周囲を散策するにしてもやっぱり山。傾斜とか足元の不安定さとか、なかなか体力を削られる。

「なんとか上まであがってこられたぁ……」

 気温も高いし、汗がじわりとにじむ。そこにサーッと風が吹いた。ああ、涼しい。

「おーい、岡峰!」

 少し下方から桑原さんの声が聞こえた。

「桑原さーん!進捗はどうですかー?」
「大量だ!そっちは?」
「全然ダメです!」
「ダメなのかよ!」

 私が手で大きくを作ると桑原さんは ハハハ!と大きな口を開けて笑った。

「それならこっちにまだ食えそうな山菜があるから手伝ってくれねぇか?」
「わかりました!」

 少し急な下り坂を慎重に下る。
 山歩きに慣れていないとどうしても足元が生まれたての小鹿のようになってしまう。近くにある木を掴んだりして足を震えさせながらゆっくりゆっくりと進み、なんとか桑原さんの元まで下りることができた。

「危なっかしい下り方するなぁ。大丈夫か?」
「登山って大変なんだな、と思いました……」
「まあその感じだと無理そうだ。すげえ足震えてたもんな」

 なんだろう、筋肉が足りないのか体幹が悪いのか。とにかく今後は傾斜が急な所は極力避けよう。

「明日は筋肉痛になるんじゃねえか?」
「筋肉痛!」
「うわっ、ビックリした。突然大声出してどうした」
「すみません、だって筋肉痛なんて初めてで」

 噂に聞く筋肉痛というものをもしかしたら味わえるのかもしれないと思うと、つい興奮してしまった。そんな私を見て桑原さんは目を白黒させている。

「初めて、なのか」
「はい。物心つく前はわかりませんけど、記憶では筋肉痛になった事が今までないんです」

 あまり激しい運動なんてしないから、と言うと それはそうか……と納得したよう。

「そりゃ、あんまり痛まないといいな」
「うっ、結構痛いものですか?」
「どうだろうな、だるいくらいの時もあるだろうし、動けないくらい痛くなることもあるらしいぞ」

 動けなくなると聞いてビクッと反応してしまう。そんなに痛いことがあるのか。もし本当にそうなってしまったら……。

「今の動きだけでそんなに酷くはならないと思うが、風呂に入った後にストレッチすると良いらしいぞ」

 私が不安になっていると気付いたのか、桑原さんが苦笑しながら言った。

「慣れてないと堪えるかもな。とりあえず山菜が生えてるところに行こうぜ」
「は、はい」

***

 桑原さんが案内してくれた場所は色々な山菜や野草が自生していた。
 驚いたのは桑原さんは食べられる物と食べられない物の見分けが本当に早いということ。よく見なければ間違えてしまいそうな毒草をほんの一瞬で判断していた。
 私ももちろん手伝いはしたが、籠の中にある山菜のほとんどは桑原さんが採集した。

「助かったよ、岡峰」
「私なんて全然でしたよ。桑原さんの半分も入れられませんでした」
「いやいや、他のやつだったらその更に半分くらいだろうぜ」

 やっぱ知識あると効率が上がるよな、とフォローもしてくれる。すごく優しい人なんだな、と感じる。

「よし、これ担いで帰る……って、岡峰にはちょっときついか?」
「たぶん、大丈夫だと」

 二つあった内の籠の一つを背負ってみるとかなりの重量があったようでフラッとよろける。こけるかと思った瞬間桑原さんが肩を支えてくれた。

「あっ、ありがとうございます……」

 少し照れながらお礼を言うと桑原さんは困ったように笑った。

「やっぱ大丈夫じゃないか」
「ちょっと、重たいみたいです」
「入れすぎちまったみたいだな。こっちの籠にまだ入るから移すか」

 一度籠を置いて中身の調整をする。
 籠自体の重さもあるが、意外と山菜って重量があるみたい……。というよりも、あの人数のお腹を満たすためには重くなって然るべきというか。

「よし、これくらいならなんとかなるだろ」
「……はい、なんとか」

 籠を再び背負ってみると、重心が不安定にならないくらいの重量になっていた。でもその分桑原さんの負担が増えたってことなんだけど……。

「えっと、桑原さんは大丈夫ですか?」
「これくらいなんてことはねえよ」

 山盛りになってしまった籠を軽々と背負う。全く表情が変わらないところを見ると、本当になんてことはないのだろう。これが普段鍛えている人と全く運動しない人の違いか、と思うと少し悲しくなる。

「さ、戻ろうぜ」
「はい」

 桑原さんの後に続く。
 森の中はある程度涼しいが、それ以上に重しを背負って歩く上り坂の大変さといったら……。本当にきつい。少し歩くだけで息があがる。
 桑原さんの方を見ると、全く呼吸が乱れていなかった。

「テニス……プレイヤーって、すごい……」
「何か言ったか?」
「全然、余裕そうだな……と」
「まあ余裕はあるぜ。四つの肺をもつとかなんとか……周りの奴らが勝手なこと言ってるくらいだしな」

 桑原さんが振り返って はは、と笑う。そして私の隣に来てくれた。
 人の二倍は肺活量がある、ということなんだろうな。それくらい体力が周りの人よりもあるんだ。
 ……え?周りのテニスプレイヤーに言われるってよく考えたら相当では……?

「岡峰は相当きてるみたいだな。表情は見えねえけど息がかなり荒い」
「……はい、きついですよ……。今日の夜、は……ぐっすり眠れそう、です」
「そりゃ良い、な」

 な、のタイミングで籠を取られてしまった。そしてそのまま桑原さんは私が持っていた籠を抱えるように持ってしまった。

「桑原さん……っ」
「もう少し体力つけてから抗議してくれるか?」
「うっ……」

 少し意地悪そうに口角を上げる。
 ぐうの音も出せない私を見て、桑原さんは 頑張れよ、と今度は優しい笑顔で私の頭の上にぽん、と手を置いた。

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