ラベンダー・アイス | ナノ





 なんだかスッキリした気分でロッジを出たが、かなり時間は進んでいるみたいだった。急いで管理小屋に戻る。
 きっとお昼ごはんを作る前には柳さんが来てくれて献立と食材のストックを相談してってするんだろう。はりきって考えなければ。
 机に向かって書き起こす。昨日よりも随分筆が乗ると言うか、どんどんいろんなアイデアが浮かぶ。ああ、自分で台所に立って試してみたい!
 そうこうしているとドアをノックする音が聞こえた。

「柳さんかな? どうぞ入ってください」

 ドアを開けると観月さんがいた。

「柳くんでなくてすみませんね」
「いえ、それはいいんですが、あの、日差しが怖いのでとりあえず中へ入ってもらってもいいですか?」
「ええ、失礼しますね」

 よし、今回は男性を不用意に招き入れてはいけないっていうお説教なしにちゃんと招き入れられた。まあ観月さんはそういうことはわかってくれてそうだけど。

「えっと、何か用があったんですよね」
「勿論です。お昼の献立のことを話に来たんです」
「え?それこそ柳さんが来てくれるはずじゃ……」

 そうなんですが、と事情を説明してくれた。観月さんが言うにはテニスコート制作で人手が必要だったため柳さんもそちらにかり出されたそうだ。観月さんは他の用事があったようで、それを終わらせた際に柳さんが手が離せないからと頼まれたそうだ。
 テニスコート作りのことは今朝ミーティングで言っていたようだが、他のことで頭がいっぱいだったから私の耳に入っていなかったみたい。

「柳さんの代わりに来てくださったんですね。ありがとうございます」
「代わり、ですか。まあそれは建前で来たんですがね。 僕にも一応人並みの関心があったので代わりを受け入れたのですよ」
「関心?」
「貴方に対してですよ」

 少しだけ身構えると観月さんはすかさず 他の人と一緒にしないでください、と言った。

「あなたの背景を探ろうなんてそんな無粋なことはしませんよ。貴方もデリカシーのない方達に囲まれて大変ですね」
「はあ……じゃあ何に関心があるんですか?」

 丁寧な言葉遣いだけどすごく棘のある言い方……。探られることに無粋、とまでは思ってないけど、まあ大変、ではあるのかも。

「まあそれは後でゆっくりと。 とりあえずは"代わり"の役割を全うするとしますね」
「代わりって言ったことちょっと根に持ってます? すみません」
「謝罪を受け入れましょう」

 この人に対しては言い方に気をつけなければいけないみたいだ。そう思いながら先ほど書いたレシピを観月さんに渡す。すると ほお、と頷きながら凝視している。

「僕は知識こそありますが自分で料理をすることがないので、こういったアイデアは思いつきませんね。 やはり実際にキッチンに立っている人でなければ生まれないのでしょうね」
「ありがとうございます。ここは思った以上に色々な食材……特に海産物や山菜が手に入るので色々な料理が試せそうで楽しいです」
「んふっ、そのようですね。表情がとてもいきいきしていていいと思いますよ」

 柔らかく微笑む。観月さんは男性にしては中性的でとても整った顔立ちをしているから微笑むとバラが舞ったように華々しい。

「食材の備蓄についてですが、やはりタンパク質が不足しがちですね。こればっかりはどうしようもありませんが、各々プロテインを持ってきている人はそういうもので補っているみたいです」
「うーん、タンパク質の多い魚って鮭とか鰹とか、ここでは手に入らないものが多いですからね。豆製品もないですしお肉なんてもっての他。皆さんにとってこの時期タンパク質取れないのってかなり致命的ですよね。 いっそその辺にいる蛇とか食虫にもチャレンジしてみますか?」
「や、やめなさい!そこまで困窮はしていません!」

 明らかに顔を引き攣らせて声を荒げる。流石に本気ではないが、一応本当に困った時にはこれくらいはしなければならなくなるのだから覚悟しておいた方がいいと思うのだけど……。
 そう伝えるとさらに大きな声で そんな覚悟したくありません!と言われた。

「……全く。 この話はどうやら解決法が見つからないようなのでもう少しこの島を探索して新たな発見があることを祈りましょう」
「はあ」

 勝手に結論づけられたけど、これは完全に問題を見てみぬふりをしているのではないだろうか。納得できていないのを悟られたのか観月さんも顰めっ面だ。

「貴方はいいのですか?」
「はい?」
「そういう、食虫食……のことですよ」
「食べたことはありませんが、美味しいのなら見た目は気にしません。でも食虫食ってなくはないじゃないですか。イナゴの佃煮とか、蜂の子とか」

 もちろん見た目がいいに越したことはないですが、と付け加える。美味しくないものも調理法次第で美味しくなることもあるからよっぽど毒があるものでなければ食用でなくても食べてみたいと思う。
 私が例を挙げる度に眉間に皺が刻まれていく観月さんを見る限りかなり私は(観月さん視点で)変わっているのだろうな。

「はあ、あなたは食への探究心が強いのですね。悪いことではありませんが、そこまで行ってしまえば僕にはついていけない領域です」
「嫌がる人に強要したりはしません」
「そうでしょうね」

 はあ、と深い溜め息を吐かれた。でも料理の知識も腕も確かなようだし、とブツブツと呟いている。何か葛藤でもしているんだろうか。

「こんなことでは本来ここに着た目的が達成できなくなるじゃないですか……」
「あ、そうでしたね。 それで本題はなんだったんですか?」

 コホン、と咳払いを一つ。

「貴方に関心があると言いましたが、僕は貴方の体質に共感を持っているんです」
「体質?共感?アルビノに、ですか?」

 アルビノに、というよりも…… と言いながら観月さんは夏場なのに着ている長袖を少し捲った。白くて綺麗な肌が視界に映る。

「僕は日焼けすると赤くなってしまう体質でして」
「観月さんもですか……!」
「ええ。なので夏場といえど上下のジャージは欠かせないのです」

 見える額には汗が滲んでいる。この管理小屋は外と比べるとまだ涼しい方だ。外に出ると一気に気温が上がる。勿論日差しが強いので私はこの時間帯に外に出ることなどできないが、かなり暑いのだろう。

「観月さん、この管理小屋は私がある程度紫外線対策をしているので脱いでも大丈夫ですよ。私もアームカバーを外したりもしていますし」
「そうですか。助かります」

 観月さんはそう言いながらジャージのファスナーを下げた。

「男所帯だと肌が赤くなると言っても理解されないですからね。日焼け止めを塗るのも汗で流れた後塗り直すのも、なんだかんだと好奇の目で見られがちですから。しかしそうしなければ……」
「そうなんですね。赤くなると痛いですよね、あれはもはや怪我です。火傷ですよ火傷」
「スキンケアと日焼け対策がかなり時間を使うんですよね。それで何もしなければ火傷なんて、体質を恨みますよ」
「少しでも怠るとお風呂も痛いですもんね」

 うんうん、とお互いを労うように話す。こんなに話のあう人は初めてかもしれない。

「それに僕はこの通りテニスをしているのですが、長袖でもないと砂ぼこりと汗と日焼け止めで肌が恐ろしく汚れてしまうんですよ」
「あーなるほど。確かにそうですよね。ベトベトして気持ち悪いですし」
「そう!そうなのです。更に日焼け止めを塗り直そうにも汚れているので肌が傷つきそうで……」
「うーん私はあまり汗をかかないようにしているので参考になるかどうか……。 スティックタイプの日焼け止めもありますけど、あれ使ってみたらサラサラで、水も弾きましたよ」

 スティックですか、と観月さんは手を顎に添えて何やら考えている。

「スプレーはどうですか? あれはすごく簡単で、私の場合髪にも使えたのでかなり重宝しました。 私は今自分用に調合してもらったものを使ってますが、それより前はかなりいろんなものを試してましたよ」
「調合してもらっているのですか!? 流石に肌の手入れには力が入ってますね」

 力を入れているのはどちらかというと周りなんだよなあ、と思いを馳せる。それでも実際火傷は痛いから仕方ないと思って頑張っている。
 観月さんもきっとそういう体質でなければまた生活が違ったんだろうな。

「小さい頃に家族が止めるのも聞かずに何もせずに外に飛び出したことがあって、それで痛い目を見て。無知でしたね、あの頃は」
「なるほど、それなら日焼けの恐ろしさを本当にわかっているのでしょうね」

 肌が治るまで1ヶ月ほどは痛みで苦しんだからよくよくわかってます。そういうと観月さんは心配したような表情でこちらを見てきた。もうずっと前だから今はなんともないが私も同じことを言われたらそういう反応をするだろうな。

「あ、そうだ。私の日焼け止めは塗ると涼しく感じるようにできてるのでよかったら少し試してみますか?」
「いいのですか?貴方専用に作ったものなのでしょう?」
「あまり肌を刺激しないような調合らしいですけど、効果は一般のものと大差はないですよ。いつも必要以上に持ち歩くので無くなる心配は大丈夫だと思います」
「それなら……。 では少しだけ試させてください」

 私が容器を渡すと 今つけるより朝つけて試したいのでまた明日にでも、と観月さんは受け取らなかった。

「大丈夫ですよ、同じのがまだ二本くらいありますから」
「それはまた。徹底していますね」
「1ヶ月痛みと付き合うくらいなら、これくらい安いものなので」
「んふっ、それはそうですね。ではありがたく貸していただきます。明日また返しに伺いますね」

 またあのふわりと微笑む表情。綺麗だな、なんて思う。
 少し見とれていると観月さんは時計を見て 長話しすぎました、と言って合宿所に戻っていった。ファスナーをしっかりと上まで上げて。

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