ラベンダー・アイス | ナノ





 誰かお手伝いできそうな作業をしてる人はいないかなー、と周りを見渡していると、憩いの場という木陰の多い場所で銀色が揺れていた。

「あれは、仁王、さん?」

 確かそうだ。遠目から見て、寝てる?

「疲れてるのかな」

 いや、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。少し様子を見てみようと思い近づいてみた。一応足音を立てないように。

「俺になんか用かの岡峰」

 話しかけられて驚いた。表情からして……どうやら体調が悪いわけではなさそうだ。こちらをじっと見ている。

「す、すみません、体調が悪いのかな、と思いまして」
「いや、寝とった。お前さんが近づいてきたから起きたんじゃ」
「なら起こしちゃってごめんなさい」

 気配とかに敏感な人なんだろうか。だとすると寝ているところに悪いことをした。

「お邪魔しちゃってすみません、ゆっくり休んでください」
「まあ待ちんしゃい。 隣にどうじゃ、日陰で涼しいぜよ岡峰」
「……はあ」

 よくわからないが、誘われたのでとりあえず言われた通り仁王さんの隣に座ってみる。確かに日陰で涼しい。
 仁王さんも寝転がっていたが上半身だけ起き上がり、今は私と大体同じ姿勢だ。

「日陰におっても日傘はするんか」
「光は反射しますから」

 難儀じゃのお、と仁王さんは私の顔をじっと見る。すると段々サングラス越しに仁王さんの手が近づいてくるのが見えた。

「えっ、な、なんですか」
「ちょっと顔を見たくなった」

 こんなところで外すわけには!と仁王さんの両手を掴む。拍子に日傘がコロンと足元に転がっていった。

「なんじゃ、ちょっとくらいいいじゃろ」
「えーーーっと、陽が落ちてから!なら良いですよ!」
「今見たくなったんじゃが」
「あと3時間もすれば夜です!」
「夜に誘ってくるとはおんしもやるのぉ〜」
「ち、違います!」

 さすが現役テニス部員。力が強い。ぐぐぐ、とどんどん近寄られる。
 一体何のためにこんなことを、と思っていると私は押されるがまま後ろに倒れ込んでしまった。

「あっ」
「っと、危ない危ない」

 頭を打たないよう、すんでのところで仁王さんの手が私の後頭部を受け止めてくれた。こういうところで優しさを出さなくても最初から押さないでほしかった……。
 仁王さんはそのまま私の頭を地面にゆっくりと下ろした。

「この構図、見る奴が見たら危ない構図じゃの」
「!」

 仁王さんはそう言いながら私の頭の横に手をついた。驚きつつもニヤニヤと笑みを浮かべている仁王さんの胸をぐ、と押してみた。

「そう思うなら、退いてくれませんか……!」
「色気がないのお」
「それは肌のことですか?体格のこと?服装のこと?それとも対応のことですか」
「ははは、全部」

 肌も髪も色素がないし、よく食べる割りには細いと言われるし、服装はがっちり紫外線対策で真っ黒だし、対応もそれなりに……塩だ。
 面白そうに返す仁王さんに、私はなんだか面白くない気持ちになる。自分で言ったのに、自分勝手だ私。

「どうしたら退いてくれますか?」
「顔を見たら」
「……私が嫌がるのを見たいからそう言ってませんか?」

 おお、鋭いのぉ、と笑っている。やっぱりか。この手の人には見せてもなんだかんだと言って退いてくれなかったりする。私は先程真田さんが言っていたことを頭に思い返した。
 私は私のやり方で説得をする。

「仁王さん、今サングラスを外すと私目が見えなくなっちゃうんです」
「見えなくなる?」
「そう、アルビノは弱視だったり、目がよくても紫外線で見えなくなったりするんです。人にもよりますが」
「ふぅん」

 ふぅんって。あまり興味なさそうな返答に少しだけむっとする。

「ま、俺のせいでおまんの目が見えなくなるのは目覚めが悪いな」
「なら」
「ああ、悪かったな。無理を言って」

 あれ、なんだ。話せば結構すんなりわかってくれる人だった。かなり意外だったけど。
 よかった、と思っていると少しずつ仁王さんの顔が近づいてくるのが見えた。

「えっ」
「今見るのは諦めるが……おまんさっき陽が落ちてからならいいと言っていたよな?」
「え、ま、まあ……言いましたね」
「なら今は諦めるかわりに、今日おまんのそのサングラスを外す役を俺がやってもいいか?」

 外す役って何。そんなの私が物心ついたときから私……っていうわけでもなかったけど、でも自分でサングラスを外せるようになってからは大体私がその役だ。当然、だよね。

「な、なんでそんなことしたいんですか?」
「おまんに興味があるから」
「私が……アルビノだから?」
「秘密が多そうだから」

 ニィ、と口角をあげる。あ、仁王さんって口元にほくろがあるんだ。って現実逃避しちゃだめだ。
 秘密が多いのは、それは口止めされているんだ。これは厄介かもしれない。

「秘密って、なんのことだかわかりかねます」
「嘘じゃな」
「嘘、じゃないです。本当です」
「ははは、おまん嘘がへたくそじゃのぉ」

 仁王さんが楽しそうに笑う。そんなにか。

「嘘吐きたくないって声じゃ。罪悪感でいっぱいって感じの」
「そんなこと……」
「ははは、かわええのぉ、お前さんは」
「かっ……!さてはからかってますね!」

 絶対にそうだ。私がそう言うと、仁王さんはまた ははは、と笑って私の頭を撫でた。なんだかすごく優しい表情で。

「そんなんじゃねぇって。からかってないし馬鹿にしてもない。その罪悪感はそれだけ相手……今は俺か、真摯に向き合っとる証拠じゃ」
「……」
「俺は嘘を吐く。からかいたいとかあしらいたいとか、そんな理由で。……だからお前さんのことが気になるのかもな」

 全く対照的だから。そう言って仁王さんは目を細めた。
 仁王さんはとても自分本位だ。私には全然理解できないけど、その方が生きやすかったのかな。私が他人本位の方が生きやすかったのと同じように。

「私は……嘘が嫌いです」
「じゃろうな」
「好き好んで人を騙したりって……理解できない」
「でも必要があればするじゃろ。それに秘密には慣れとるんじゃないか?」
「それは……、秘密は誰にでもあります。ただ言ってないだけとか、言いたくないこととか。全く秘密がない人なんていない。私にもありますし、仁王さんにもきっとあるんでしょう?」
「そりゃ勿論。だがお前さんが秘匿しているのはその程度のもんか? それに必ずしもおまんが嘘を吐く必要はないよな。例えば、嘘が苦手なお前さんの代わりに誰かに吐いてもらうとかな」

 なんだろう、この言い方。とても嫌な言い方。まるでなんでも知ってますよと言いたそうな。
 仁王さんの言う「誰か」とはきっと跡部さんだろう。今までの様子から跡部さんと私が繋がっていることは、ほとんど全員に伝わっているはずだ。でもなぜかなんてことまでわかるはずがない。そこの方が大事なんだからこんなことで焦る必要はない。
 私は今、カマをかけられてるんだ。私が挑発に乗って、焦ってボロを出すのを待っているんだ。
 そんな安い手で白旗を振るほど私は弱くない。

「仁王さんが何を言わんとしているかが私にはわかりません」
「そうか?」
「ええ」

 つん、と突き放すように言われてなお、仁王さんの表情から余裕は消えない。

「それなら別の方向から攻めてみるか……」
「え?すみません聞き取れませんでした。 何って言いました?」
「おまんのサングラスを外すのは結局OKなんか?って」
「あ〜……そういえば元々そんな話をしてましたね」
「で、返事は?」
「……陽が落ちてからなら、まあいいいですけど……」

 別に外すだけなら何でもないことだと思うんだけど、なんでだろう、仁王さんの要求は呑まない方が良い気がしてならない。……本当になんでだろう。
 いいですけど、と言った途端仁王さんの表情がいじめっ子のそれになった。意地悪そうな顔で仁王さんは私を起き上がらせてくれた。上半身だけ起き上がらせてもらって、また最初の体勢に戻る。仁王さんは さて、と何やら考えている様子。あ、待ってやっぱさっきのなし。

「やっぱさっきのなし。はきかんぜよ」
「私の心読んでます?? 外すだけですよね、サングラスを外すだけ、なんですよね?」
「あ、そのフェイスマスクもええか?」
「え、いいですけど……じゃなくて、本当に外すだけなんですよね?」
「お前さん、警戒してないところはとことん隙ができるの」

 心配になってくるわ、と溜め息を吐かれてしまった。一体なんのことだろう。

「ま、お前さんは何も気にせずそのままでおったらええから」
「すごく不安です……」
「ああ、それとお前さんの事、下の名前で呼んでもええか?」
「え?はあ、どうぞ」
「……おまん、頼まれたことは断れんタイプじゃろ」

 そんなことはないんだけど。嫌だと思ったらそれなりの対応をする。……それなりの。
 別に下の名前を呼ばれることもサングラスやフェイスマスクを外させること自体が嫌なわけじゃないから断る理由なんてない、よね。どこか変な事でもあっただろうか。

「まあ、(都合がいいから)俺はええがな」
「今うっすら都合が云々って聞こえたんですが」
「気のせいじゃ。それよりも俺の事はマーくんでもマサくんでも雅治くんでも好きに呼びんしゃい」
「じゃあ仁王さんと呼びます」
「なんじゃ、そこは強情じゃなくてもいいんじゃないか」
「好きにと言われたので」

 なんだか色々とはぐらかされた感じが否めないが、まあ、いいか。どうせ話を戻してもまた話を変えられてしまうだろう。……いや、戻してもボロを出しそうだから戻したくはないが。

「今夜8時頃に管理小屋に行くき」
「はあ」
「その時間帯はもう紫外線対策せんでもええんかの?」
「ええ。大丈夫です」
「ならその時はマスクとサングラス以外のものは脱いであっても構わんぜよ。夜とはいえ暑いじゃろ」
「突然気を遣われだしたのがひたすらに怖いんですが、わかりました。そうします」
「ひどい言い草じゃの。ま、ええか。 さて、俺はそろそろ戻るとするかの」

 私の不安をよそに、仁王さんは日なたへと転がっていってしまった私の日傘を取りに行き、私に手渡してくれた。なんだか優しい気がする。本当はそんなに悪い人じゃないんだろうか。

「あ、ありがとうございま」
「じゃあ、また後での、凛子」

 そう言って仁王さんは私の目の前にしゃがみこんだ。それと同時に真っ黒のフェイスマスクの上から私の顎を左手でくい、と上げさせ、そのまま下唇を親指で撫ぜた。ぴ、ピンポイントで……!
 ドキッとしたような、ゾワッとしたような不思議な気持ちにさせられた。いや、怖かったという方が近いかもしれない。

「おまんの今の顔なら手に取るようにわかるぜよ」

 固まっている私の頭にぽんぽんと優しく触ると仁王さんはそのまま合宿所の他の人たちがいる方へ戻って行ってしまった。

「不思議……って言葉では片付けられない人だ」

 いや、言葉で言い表すこと自体無理なんだろうなと思いながら私は傘を手に立ち上がった。


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