ラベンダー・アイス | ナノ





 折角越前くんと金ちゃんが持ってきてくれたんだから一緒に食べようと誘えばよかった、と少し思いつつ一人昼食をとる。マンゴーの甘い香りが花をかすめる。いい香りだ。後で河村さんにお礼を言おう。

「あ、でも越前くんたちは私とは違って皆で食べることも合宿の内容の一つなのかも」

 こんな状況だ。試合ではライバル同士かもしれないけど、今は皆で協力することが大切だろう。
 そしてなにより最初精神修行がどうとかって榊先生が言っていた気がする。ここにいる人たちと私は同じ場所にいても、全く違うんだ。目的も置かれている状況も。

「9時から15時までって暇よね……今まではあまり暇なんて感じなかったのに」

 家にいるときは誰かしら私のことを構ってくれていた。一人ってこんなに寂しかったんだなあと実感する。これから一人暮らしが始まるけど、私は大丈夫なのかな?
 そんなことを考えていると突然ドアが空いた。今までは皆ノックしてくれていたから、完全に油断していた。そうか、ノックをあまりしない人とかもいるんだ。
 びっくりしてドアの方をバッと振り返ると氷帝学園の3年生の、樺地くんに担がれていた芥川さんが目をこすりながら佇んでいた。背中から光を浴びて表情が影になって読めない。なんかそれはそれで怖い!

「芥川、さん?」
「ん〜〜跡部が、食器、取って来いって。 そんで目を覚まして来いって」
「ああ……目は覚めてないみたいですね……?」

 そう言うと芥川さんは んん〜〜と唸りながら目を開けず(流石に全く目を開けてないということはないと思いたいが)、フラフラと部屋に入ってくる。

「芥川さん、あの、すみません、まだ食べ終わってなくて」
「んん……、そーなの? なら俺寝てるから食べ終わったら起こしてねぇ」

 そう言うと芥川さんはベッドに寝転んだ。え!と驚く間もなく。これなるべく早く向こうに戻してあげた方が良いよね……?
 私は急いで昼食を口にかき込む。一所懸命咀嚼して、一気に詰め込んだ苦しさから胸をトントンと叩きながらも 芥川さん、と声をかける。

「芥川さん、食べました。おいしかったとお伝えください。 ……芥川さん?」

 私の呼びかけなど全く聞こえていないかのように眠り続ける。それはそれは気持ちよさそうに。

「芥川さん、起きて下さい、芥川さん。え、嘘ですよね?」

 呼びかけつつ体も揺らしてみる。起きる気配は微塵もない。寝息もしっかりと立ててくれちゃってまあ……。
 頬もペチペチと叩いてみるが反応はない。今度は肩を大きく揺らす。

「芥川さん!」
「ん〜〜〜……」

 芥川さんが薄く瞼をあけた。やった、ここで畳みかけなければ。

「芥川さん、食べ終わりましたよ。早く帰らないと跡部さんに怒られちゃいますよ」
「……羊だ」

 芥川さんの両腕が私の体をつかんだ。そしてそのまま私の体は芥川さんに抱き寄せられた。

「えっ、えっ?!あ、ちょっと、芥川さ」
「へへ、白くて、フワフワで気持ちいい……」
「んんん??!!」

 髪を両手で撫でられる。動物でも毛を触るかのような感じで。私の髪はちょっとくせっ毛だけど、そんな動物みたいにモフモフしてるだろうか……。
 そのまま私の頭を両腕で芥川さんの胸元に引き寄せられる。私の目の前には芥川さんのジャージ。ぎゅ、と頭を固定されてうまく声が出せない。
 声が出せないとか、そんなことは最早どうでもいい、その前にこの状況!
 恥ずかしい、恥ずかしいとか怖いとか困惑とかいろんな感情が混ざりすぎててどうすればいいのかわからない。
 必死にもがいてなんとか頭だけでもを脱出させる。でもそうすると息もかかりそうな距離に芥川さんの顔。余計なんだか、恥ずかしい。
 芥川さんは寝ぼけてるだけ、わざとこんなことをしているわけじゃないと自分に言い聞かせる。なんとかこの人の目が覚めるようにしなければ。目が覚めるためにはこの人が興味のある話をするといいのでは!と頭をひねる。

「芥川さん!羊、好きなんですか?」
「ん〜?……うん、好きだよー」
「そうなんですねー、どんなところが好きなんですか?」
「どんなところ?んーとね、そうだなー……おいしいところとか」

 ヒッ。
 いや、ひるむな、私は羊ではないんだから。たとえ今私を羊と間違えていても!
 人だとわかっている状態でおいしそう発言をした田仁志さんや金ちゃんよりは!!まし!!!

「芥川さん、今芥川さんが抱きしめてるのは羊ですか?」
「うーん……芥川さんって呼ばないで〜」
「……何って呼ばれたいんですか?」
「ジロー」
「……ジロー、さん、今抱きしめてるのって誰ですか?」
「俺の羊のー……あれ?」

 ジローさんが少しだけ目を開けた。そして同時に首を傾げた。

「俺のぬいぐるみじゃない」
「そうですね」
「……俺、羊のぬいぐるみ持ってて……凛子ちゃん、もしかして俺寝ぼけて凛子ちゃんをギュッてしちゃったの?」
「はい、今もしてますよ」
「うわーそっかぁ、ごめんねぇ〜……」

 気持ちよくてモフモフでスベスベでつい、と眉を下げて謝られる。あ、年上なのに可愛い。 いやこれで絆されてはだめだ。
 だって今の絵面かなりまずい。1つのベッドに男女が服は来てるけど(一方的に)抱き合っているんだから。誰かがジローさんの戻りが遅いから様子を見に来たりでもしたら。

「ジローさん、離してくれますか?」
「へへ、そう呼んでくれるのスッゲーうれC〜!今度からもそう呼んでくれる?」
「いいですよ」
「じゃあ離そーっと」

 じゃあ、とは。
 もしかしてジローさんって策士……?いや、本能にしたがって生きているだけだよね。
 ジローさんは私を離して起き上がった。そして大きなあくびと伸びをしてベッドから降りた。

「俺、凛子ちゃんと仲良くしたかったんだよねー。凛子ちゃん白くて髪もふわふわで可愛くて羊みたいだし」
「えーっと、ジローさんはおいしいから羊が好きなんですか?」
「おいしいのもあるけどねー。ふわふわしてるし、あと羊のこと考えてるとすぐに寝れるからねー、羊が1匹、2匹って……ふああ……」
「芥川さん羊を数えちゃダメ!」

 びっくりしてそう叫ぶとジローさんは不満そうにこちらを見た。

「むう、ジローって呼ぶって言ったのにー」
「ジローさんが寝そうになるからですよ。もう」
「あ、今のもうっていうの可愛かった!もう一回やって〜!」

 しません、というとジローさんは ちぇ〜っと口を尖らせた。やっぱりかわいいと思ってしまう。

「あのね、俺凛子ちゃんと仲良くしたいのはほんとだよ。でも今日はびっくりさせちゃってごめんね」
「その、びっくりして困っちゃって……は、恥ずかしかった、ですけど、わざとじゃないってわかってます」
「あ、凛子ちゃん顔赤くなってる、可愛いね〜」

 謝る気があるのかこの人は。さっきからこの人のペースにはめられっぱなしだなあ、とため息も吐かざるを得ない。そんな私を見てもジローさんは へへへ、と笑っている。本当にマイペースな人だ。

「じゃあ俺これ片付けてくるねー」
「は、はい。ありがとうございます」
「あのね、俺また寝ぼけちゃうかもしれないから、その時は怒ってね」
「……」
「凛子ちゃん全然怒らないから。俺が年上だから?」
「目上の方に、失礼なことはできないですから」

 ずっと、生まれてからずっと覆らない縦社会を見て来たから。さっきジローさんの頬をちょっと叩くのだってすごいことをしたと罪悪感を持っているんだから。

「それもだけどー、凛子ちゃんが優しすぎるのと、ここに来てみんなに迷惑かけてるって思ってるからだよねー」

 でも嫌なことはちゃんと嫌だって言わなきゃね、とジローさんは言った。ついさっき越前くんにも同じようなことを言われたところだった。やめて欲しかったらそう言わなきゃダメと、と。
 ジローさんは言いたいことを言い終えたのか またねー、と言いながら食器をもって出ていってしまった。自由人だ。
 怒る、とはどうすればいいのだろうか。父さんみたいに声を張り上げればいいのかな。

「怒る、怒られる……」

 そういえば私は今まで怒られたことがあっただろうか。影でいろいろと言われたことはあるが面と向かって怒られた経験はない気がする。なにせ私自身がしっかりしなければと自主的に思うほど甘やかされて過保護にされて心配されて育てられてきたのだから。
 ジローさんに聞けばよかった。怒るってどうしたらいいのか。
 父さんは私以外にはよく怒るけど、でもそういう怒り方はまた違う気がするし。

「……よくわかんない。後で誰かに聞いてみよう」

 わからなかったら人に聞くのが吉。経験がないんだしそれくらい聞いてもバチは当たらないだろう。
 よーし、後で暇そうな人に聞いてみよう。これから必要になるかもしれないし。

「今14時。あと1時間暇かあ……」

 コンコン、とノックの音が聞こえたのはそう呟いたのとほぼ同時だった。
 なんか訪問してくれる人多くて嬉しいけど、皆もっと自分のことに集中してほしいとも思う。休憩中とかに涼みに来る、とかなら嬉しいんだけど。
 そう思いつつ はあい、と返事をしつつドアを開けた。

「岡峰、先ほど言っていた食材のストックを報告に来たぞ」
「柳さん! 早い、ありがとうございます」

 そういえばそういう話をしていた、と思い出し柳さんを小屋に招き入れた。
 昼食での消費や探索で見つかった食材、今からの採集で増えるだろう食材、その他色々な情報をもらい、今日の夕食のことを少しだけ相談する。柳さんは真剣に相談に乗ってくれた。自分たちの健康にも関わるし、そりゃあ真剣にもなるか。

「ふむ、良いのではないか。これからまた魚釣りや山菜を探すと言っていたし、そこを中心に消費しよう」
「はい。 ……あ、柳さんにちょっと質問があるんですが」

 どうした、と聞いてくれる。よし、先ほどの疑問をぶつけてみよう。

「怒るってどうしたらいいんでしょうか」
「……先ほどここに来た芥川と何か関係があるのか」
「えっ!!!」

 ドキッと心臓が一気に心拍数をあげる。どうしよう、先ほどのことを思い出して顔が少し熱い。
 柳さんはどうやら関係があるようだ、と口の端を吊り上げた。怖い人だ……。

「ここで何があったかは聞かないでおくが」
「(よかった……)」
「大体予想は尽くしな」
「(よくなかった……!)」

 柳さんは私の反応が面白いのか笑っている……。

「で、相談は、怒るとはどうしたらいいのか、か」

 そう聞くと柳さんは ふむ、と考えてくれる。突然怒るってどうしたらいいのか、と聞かれたら普通どういうことだ、となるだろうな、ごめんなさい。

「人によって怒る理由は異なるが、そうだな、岡峰はなぜ人は怒るのだと思う?」
「……されて欲しくないことをされるからでしょうか?」

 では岡峰は?と返される。されて欲しくないことをされたら、私だったら。

「私は……私が我慢すればいいかな、と、思います」
「ふむ、どうやらこの方向性での話では答えは出せないようだ。質問を変えよう」
「……」
「君の大切な人が傷つけられた。傷つけた人へ思うことはないか?」
「なんでそんなことを!って思います」

 あ、こういうこと?と首をかしげて聞いてみると そうだな、少し微笑んでくれた。

「でも結局怒るってどうすれば……」
「思ったことを率直に伝えることは難しいか?」
「あー……うーん……」

 思ったことを率直に、と言われても、それできないし……。

「では自分のことを大事にすることから始めたらどうだ?」
「自分を大切に、してると思いますけど……」
「我慢をすれば、と言っていたように思うが?」
「…………我慢を、しないように……?」
「ヒントは与えられたかな」
「あ、はい……」

 ちゃんと私に分かるように誘導してくれたから凄いありがたいけど結局どうしたらいいのかはあんまりわかってない……。
 柳さんはそんなに深く考えすぎないように、と最後まで気を遣ってくれて、小屋から出て行った。 より難しくなった気がするが。
 そろそろ15時だ。やっぱり難しいからまたいろんな人に聞きに行ってみよう。……手伝うことのついでに。
 そう思って私も管理後やから出るために紫外線対策の準備を始めた。


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