1.夢にまでみた恋だった


 いつも、乗り換えに利用している駅のホーム。
 十二両編成の列車を、最後尾が到着する位置で待つ。
 ここから、アイツの住む家が見える。

『お互いのためにはこうするのが一番いいんだ』

 そんな理由をつけて別れを告げたのは、もう二週間も前のこと。

 例えば謝ったら、元に戻れるんだろうか?
 例えば戻った時、前と同じように出来るだろうか?

 全部全部、大好きだった。

 些細なクセも、笑い方も。
 外を歩くと気持ちいいからと、公園を散歩しながら色々なことを話した。
 甘いものが好きで、二人でよく食べたクレープ、ケーキ、アイスクリーム……。
 遊びに行くと必ず夕飯を勧めてくれた両親。
 二人でいると楽しくて、時間を忘れて終電逃してはよく泊めてもらったっけ。

 本当は会いたいのに無理して我慢して、アイツからの連絡を待って。
 自分から別れを切り出しておきながら、未だにこうして未練がましくアイツの姿を追い求める自分が嫌になる。

 思い出に涙が出そうになったけど、人前で泣き顔を晒すのが嫌で、唇をきゅっと噛みしめ、足元に視線を落とした。
 電車の到着を告げるアナウンス。
 隣に人が並ぶのが気配でわかる。
 視界に入る他人の足。アイツのお気に入りだったニューバランスのスニーカー。

「……やっぱり、ここにいたんだ」
「!」

 まさか。
 だって、ありえない。

 おそるおそる顔を上げる。
 何か言おうと開いた唇は震えるだけで、言葉は出てこなかった。

「いつもここに立って、俺んち見てたよな」

 轟音と共に到着した電車の扉が開く。
 乗り降りする人波の中、動かない二人をいくつかの無遠慮な視線が眺めていったけど、そんなことを気にしている余裕はなかった。

「……知って、たの……か?」

 大好きな優しい笑顔を向けられる。
 それだけで胸が詰まって、上手く言葉が出ない。

「知ってたよ。毎日、毎日。――別れてからも、ずっと、見てたこと」

 だって忘れられなかった。
 すごく後悔したんだ。
 だけど意地っ張りな俺は、自分から謝るなんて出来なくて。
 ここに立ってオマエを思うだけで精一杯だった。

「まだ俺のこと、好きだろ? ――那津」
「〜〜〜ッ、……ぅ……」

 こらえていた涙が、頬を伝う。
 ぽろぽろと零れる落ちる涙を見た泰裕が、着ていたパーカーを脱いで、俺の頭から被せた。

「那津……もう、我慢するな」
「ぅ……、っく……」
「俺のためとか、そういうのはもう、考えなくていいから」
「……っ、ヤス……ヒロ……」
「俺は、お前がそばにいてくれれば、それだけでいいから……な」

 こくこくと、何度も何度も首を振る。
 自分から離してしまった温かい腕の中に、夢にまで見たこの腕の中に、また、戻れる時が来るなんて思っても見なかった。

「もっともっと、俺に甘えてもいいから、頼っても、いいから。だから――もう一度、俺に那津を愛させて?」

 優しく肩を抱いた泰裕が、俺を引き寄せ、やわらかく抱きしめた。

END

2008/03/07


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