2.少しでも優しくしてほしい


 寒さ厳しい一月の、第三土曜、日曜の二日間に渡って、大学入学者選抜大学入試センター試験が行われる。
 試験当日は、雪の特異日に違わず、朝から雪がちらついていた。
 現役生は通っている高校の場所で試験会場が決定されている。会場は、奇しくも俺の第一志望の国立大学。
 当然、泰裕も同じ会場だけど、普段通っている高校の教室では机三つ分の距離が、この広い会場では、大きな教室六つ分に変化していた。
 ここまで一緒に来た泰裕と別れて、前方の扉から教室の中へと入る。中は、机の前面に折りたたみ式の椅子がついている横長の机が階段状に設置されていて、後ろに行くほど席が高くなっていた。
 中学の時の視聴覚室が、ちょうどこんな感じだったな。思い出しながら、与えられた席に腰掛ける。
 どちらかといえば後方寄りのその席。高い位置から周りを見渡してみても、顔見知りが一人もいない。そのほうが落ち着くからと思って着てきた制服の胸元を、無意識にぎゅっと握り締めていた。

 受験するのは、全部で五教科七科目。一日目の最初は社会。社会を二教科受けた後に国語。その後は英語。夕方までびっちり試験を受けて、ぐったりしながら家に帰る。でも、ここでへこたれるわけにはいかない。
 一日目の教科は、得意な国語と、得意というほどではないけれど、苦手でもない社会と英語。よほどのことがない限り、ひどい点は取らないはずだ。

 問題は二日目。
 二日目の最初は理科。俺が選択しているのは生物。
 少し苦手な教科だけど、落ち着いてやれば大丈夫。自己暗示をかけながら、精一杯回答。
 そして次が問題の……俺が最も苦手な数学。
 苦手意識のせいだろうか。周りの人が鉛筆を走らす音が、妙に耳に触る。
 問題が解けないことに焦って、てのひらに汗が滲む。尚更に解けなくなる問題。ようやく答えが出たと思ったのに、マークシートに上手く当てはまるような数字にならない。
 小さく手が震える。少し落ち着こうと目を閉じ、深呼吸する。脳裏に浮かんだのは、いつかの泰裕の声。

『……ここ、間違ってるよ……』

 優しい響きに、現実を思い出す。

 そうだった。
 これを乗り越えて、大学に合格すれば、春からは泰裕と――。

 試験中にそんなことを考えるなんて不謹慎かもしれないけど……どんなことであろうと、明確な目標があれば、苦手なものでも頑張れる気がした。
 理由なんて何でもいい。確かにここには理由がある。俺を導いてくれる、強い理由が。

 静かに目を開け、鉛筆を握る手にぐっと力を込めた。

 昨日もそうだったけど、お昼になると泰裕がわざわざ俺のところまで来てくれて、一緒にお昼を食べた。
 昼休憩を挟んでもうひとつ数学。
 あとひとつで、終わり。
 休憩時間中に、最後の試験に備えて、トイレへ行く。
 用を足し、手を洗い、トイレを出て少し歩いたところで、隣を歩く泰裕が俺を呼び止めた。

「那津、ちょっと」
「?」

 手を引っ張られて連れて行かれたのは、階段下の、ちょうど死角になっているところ。肩を押されてそこへ押し込められる。

「泰裕、何――?」

 問いかけに返ってきたのは、唇だった。
 温かなそれが重なって、すぐに舌が入ってくる。
 ふわっと鼻から抜ける甘い香り。
 舌を使って送り込まれた固形物。
 すぐに唇は離れていって、俺の口の中に残ったものは――。

「――キャラメル?」
「糖分は、脳を活性化させるからね」
「……うん」

 甘い甘いキャラメル。
 それよりも甘い、泰裕のキス。

「あともう少し、頑張れるように、おまじない」
「………うん」

 他の何よりも効力のありそうな、泰裕のキスのおかげで、最後の試験も頑張れそうな気がした。

END

2009/01/20(初)
2009/09/03(改)


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