1.守るだけじゃなくて守りたい


 家族をすべて亡くした俺が、家族以上に大切に思う人と、その家族に祝ってもらった十八歳の誕生日。
 あの日の、思いも寄らないプレゼントから、一ヵ月半が過ぎた。
 学期末考査を終え、十二年間の学校生活の中で一番冬休みらしくない冬休みを過ごし、年が明ければいよいよセンター試験。大学受験はもう、目の前まで迫っていた。
 どんなに勉強しても足りない気がして、気ばかりが焦る。
 自分の弱点ばかりが見えて、どうしようもなくて、苦手を克服しようと思って選んだ、あえて、の数学。
 数式が並んだノートを前に、数問解いて結局手が止まる。そうして数分、先へ進めず立ち止まっていた俺に、救いの手が差し伸べられた。

「――ここ、間違ってるよ」
「え? あれ? あ……そうか……」
「ね?」

 友達と一緒に勉強、なんて、甘えが出て、きっと、はかどらないと思っていた。
 だけど泰裕の持つ雰囲気がそうさせるのか、二人でいるのに、一人でいるのと変わらないくらい集中できる。でも、つまづいたり、わからなくなったりすれば、こうして助けてもらえる。
 この部屋が、この空気が、とても心地よい。

 教えてもらった箇所からやり直すと、さっきまでの自分の状態が嘘のようにスムーズに問題が解けた。
 ちょっとした達成感に満足して、ふう、と息をつく。何気なく、斜交いに座る泰裕の横顔を眺める。視線に気づいた泰裕が、俺に目を向けた。

「那津」

 こういう衝動は、突然訪れるものなのかもしれない。
 まるで何かに引き寄せられるように、気づいたら自分から、その唇に口づけていた。
 ノートの上に手を置いたまま、顔だけを近づけて、唇を軽く触れ合わせて、離れる。
 目が合う。薄く唇を開く。だけどそこから結局言葉は出てこなくて、泰裕へと膝でにじり寄り、もう一度口づける。

「ん……」

 カタ、と硬質な音がして、それが、泰裕がテーブルにシャーペンを置いた音なんだと気づいた時には、俺の背中と腰に、泰裕の腕が回されていた。
 布越しに感じる、あたたかな手のひらの感触。それだけで、僅かに早くなる心臓の鼓動。
 泰裕の舌先が俺の唇を掠める。呼応するように唇を開いて、舌を差し出す。丁寧に味わうように、舐めて、絡めて、吸って。合間に漏れる吐息が次第に熱く、荒くなっていった。

「んっ、んふ……、ふ、あっ、はっ……」
「……、ん、那津……」

 更に奥まで探られて、口腔内に唾液が溜まる。それをこくり、と飲み込めば、ざらついた舌が上顎を舐め上げ、再び舌を擦り合わせてきた。

「んぅ、んっ……、ん……ふ……」

 微弱な電流にも似た快感が背筋を走り抜ける。
 それでも、そこから先に泰裕の手は動かない。
 わかってる、これ以上は、だめ。
 あらぬ方向へと進みそうになった思考を何とか押し留めて、そっと体を離す。
 きっと自分もそうなっているんだろうけど、泰裕の濡れた唇を見ていると、思考がまたおかしな方向へと向かいそうになったので、それを振り払うように緩く頭を振った。

「那津」
「ん」
「好きだよ」

 泰裕は、こういうことを言うのにためらいがない。
 羞恥も照れもなく、いつものように、その顔にはただひたすら優しくて柔らかい微笑みを乗せているから、かえって言われたほうが恥ずかしくなった。
 俺は、少し視線を下げて、揃えた自分の膝を見つめた。

「……うん……」
「それに、キスも慣れてきたよね」
「……うん、……そ……かな……?」
「うん。最初舌入れたときすごいびっくりされたから、どうしようかと思ったくらいだったのに」
「だってそれは――」

 泰裕が初めてだったから。
 そういうキスもあるって、頭ではわかっていても、実際に自分で体験してみると、それは、ものすごい衝撃だった。
 過去を蒸し返されて、少しむっとしながら泰裕を見る。泰裕は、さっきと変わらない表情のままで、けれども、少しだけ目を眇めて俺を見ていた。

「――うん、そうだね」

 そこには、からかうとか、馬鹿にするとか、そういう感情は一切含まれていなくて。
 むしろ、可愛いものを慈しむような眼差しに、なんだかいたたまれなくなって、俺は再び視線を斜に下げた。

「……今は、もう……、……平気、だから……」
「うん」
「だから……」

 もっとしたい。
 そんな風に本音を伝えたら、引かれるだろうか。
 ちら、と、目だけを上げて泰裕を見る。泰裕は微笑を崩さないまま、再び、息がかかる距離まで、俺に近づいた。

「だから?」
「だから……も……一回……」
「うん」

 泰裕の手が俺の両頬に添えられ、軽く顔を持ち上げられる。
 ゆっくりと目を閉じる。互いの顔が近づく気配。確かめるように触れ合う唇。
 幸せで、満ち足りている日常。
 不思議と、さっきまで感じていた不安や焦りは消えていた。

 俺にとってかけがえのない存在である泰裕。
 守られているだけじゃなくて、俺も泰裕を守りたい。支えになりたい。
 神様、どうか。
 どうか、彼と同じ未来を見れますように。

END

2008/12/17(初)
2009/09/03(改)


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