memo | ナノ
▽涙の温度は意外と高い


京極堂→←関口

*甘くない
お題:触れた指先の温度差



「君はあたたかいね」と京極堂が云った。いつもの座卓のいつもの場所に鎮座して、古書肆は小説家の手に触れている。その視線の先は書物ではなく小説家である。
 関口の片手を捕らえ、するりと手首へと指先を滑らせる。関口は怯気りと肩を跳ねさせた。
「ああ、冷たかったかい?すまないね」
 すまないなどと微塵も思っていない声音でしれっと云ってのける。勿論わざとだ。京極堂は時々、関口にこういった悪戯を仕掛けるのである。
 関口は特に抗議することはしない。京極堂の指先の冷たさは、関口にとって不快なものではない。寧ろ春の陽気の中では心地好くさえ感じられる。
「君は相変わらずの子供体温だねぇ」
 揶揄いを含んだ声で古書肆は云う。しかし小説家は、花の香りの消えた風が睡魔を連れて来たようにうとうととして聞いていない。古書肆の厭味が彼を襲うのは当然で。
「春眠暁を覚えずとは云うが、君は暁どころか宵も覚えずだねぇ。その様子じゃあ」
 くっ、と笑う声は聞こえたのか、関口は口を尖らせてぼそぼそと文句を云った。
「聞こえないよ。もっとはっきり喋りたまえ」
「いいよ。もう」
 諦めたようなその台詞は明瞭に聞き取れた。京極堂は溜息を吐き、関口の手首を掴んでいた手を離す。
「仕方がないなあ。全く面倒な男だよ。本当に」
 云いながらも表情は柔らかい。関口は手をゆっくり引っ込めて、座卓に額をつけた。やがて頬もぺたりとつける。
 寝るなよ、と云う京極堂の言葉は既に遅く、関口は安らかな寝息をたてていた。京極堂は再び溜息を吐くと、指先でそっと関口の唇に触れた。
「君はあたたかいね」



 私は元々体温が低く、彼が云うには、私の身体はいつも冷たいのだそうだ。
 それは子供の頃からで、彼に会うまでは気にしてはいなかった。だが彼は体温が高く、私が彼に触れる度に冷たいと云う。互いの温度差を思い知らされて厭になる。
 彼もそうなのだろうか、彼は無駄なことと知っていて、私の身体を暖めようと躍起になる。
 それでも、どんなに熱を交わしても、触れた指先の温度差は埋められないのだ。


*120430
お題:触れた指先の温度差
title by:にやり


prev | next
[昭和]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -