結局、あれから音沙汰なしで。若干キョウヤくんに意地悪な気もするが、それ以外には何もなく、私が話しかけても軽く交わされるままに今日を迎えた。
「メアド教えてください」
「ああ、はい、どうぞ」
「…」
「…」
「…」
「なんです?」
「…そんなに簡単に教えるんですか?」
「減るものじゃないですし」
廊下は卒業生と後輩たちがざわざわと集まっている。ボタンを貰うために奮闘している子もいるだろう。ドアの外のことを思えば、友達とその状況を味わうのも捨てがたいけれど。私は目の前の一風変わった先生を見る。アドレスと番号を書き留めた紙を受け取り、手にそっと持った。
「先生、」
「復習はしっかりしてくださいね」
「へ?」
「見直し、分からないことは調べる。いいですね?」
「はあ、はい」
私か切ない雰囲気を醸し出して切り出したにも関わらず、先生はあの嫌な笑いを浮かべて。もう会えないんだな、なんて考えたらこの顔も好きだななんで思えて自分に呆れる。
「ボタンください」
「高いスーツのボタンをちぎれと?馬鹿ですか」
「…そうですね」
もうこんなやりとりも出来ない。涙腺が緩みそうなのをなんとか堪える。結構いい感じだと思っていたけど、終わるものか。握っていた紙が体温で曲がってきたからポケットに突っ込んだ。そろそろクラスで写真でも撮る頃だろう。
「代わりにこれをどうぞ」
「…サボテン?」
先生が大切にしていたものだ。植木鉢を手渡す指が触れて、思わず落とすかと思った。どんなに好きか伝わればいいのに。
「…もう行ったらどうですか?」
嫌味っぽくにこやかに言い放たれ、
「あ、はい…」
私は従うしかなかった。ドアを開けると騒がしい声が溢れていて、夢から覚めた気分だった。待っていたらしい全部のボタンがなくなったキョウヤくんが私に一つのボタンを突き出す。「なまえ!」と友達が呼ぶのに応えて、ちらりと振り返り会釈してドアを閉めた。

さようなら、先生。

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