関係者にせっつかれて、Lは自分が死んだらこの地に埋葬するようにと遺言をのこしていた。

「別にどこでもいいんですけどね」とLは言っていた。

「ユメが選んでください。どこか、行きやすい場所とか」

「じゃあ、行きにくいから、アイスランドで」

「拝みに来てはくれないんですか」

「いやよ。わたしの将来を陰気くさいものにしないで」

「冗談でしょう」

「本気で言ってるわ」

「遺言には、アイスランドでいいです、と書いておきますが、涙で滲んで判読不可能かもしれません」

「大丈夫。今聞いたから。誰にも言わずに埋葬しておくよ。泣き叫ぶLのファンのみなさんで平和なアイスランドを騒々しくするのも忍びないし」

関係者と言うのは、つまりわたしのことだ。わたしが、Lをアイスランドに埋葬する、そう決めた。

こんなに近いうちにその日が来ることを、想像はしても、信じてはいなかった。

Lの身体は、わたしの手配で、アイスランドへと移動した。わたしも別の飛行機で、アイスランドへと渡った。

すでに冬に入ったアイスランドの田舎町は、陰気だった。空は厚い雲に覆われ、街灯も少なく、暗い。陰気だが、思ったよりは寒くなかった。アイスランドは、その名前の印象よりは、穏やかな気候の土地であるらしい。

葬儀は簡素なものだった。参加者は、葬儀を行う業者と、わたしだけ。

Lの上に十字架が立てられるのを、わたしはぼんやりと眺めた。

Lとのやりとりが脳裏に浮かぶ。

「私は死にません」

「人は必ず死ぬわ」

「それでも、私は死にません」

「まあ、もしわたしのほうが先に死んだら、その言葉がうそだったことを確認できないね」

「そういうことです。あるいは、私のほうが先に死んでも、私はユメの記憶のなかで永遠に生きる可能性を否定できないままになります」

「なんだか屁理屈みたいだけど」

「人は屁理屈に救済を求めるものです」

「ふむ」

Lは、わたしにLの死を覚悟させることを繰り返し言った。

「私が死んでもユメが生活に困らないための手筈は整えてあります」

「あまりたくさん元パートナーにもらった財産を持っていると、新しいパートナーが尻込みするわね。その辺りも、計算済み?」

「いやだったら寄付に使うなりしてください」

「まだわかんないわ。まだ、今生きてるLひとりでいっぱいいっぱい」

「それが本音ですね」

「うん」

「私は死にませんが、人は死ぬので、予め心の準備はしておいてください」

「寂しいね」

「はい。ですが、ユメと一緒に過ごした時間は、私にとって財産なので、天国へ持っていきます。思い出があれば、寂しさも和らぎます」

そうだ。Lは天国でわたしとの思い出を胸に楽しく生きている。わたしも、Lとの思い出を抱いてまだこの世で生きていける。

葬儀の翌日、アイスランドの朝、顔を洗う水が冷たい。

窓の外は雪が降っていた。宿のフロントで、「初雪です」と教えられた。

「火山が近くにあるので、この辺はあまり雪が積もらないんです。地熱の影響ですね」

「アイスランドは火と氷の島ですね」とLは言っていた。

「どうして、火の島でもあるのに、『氷の島』という名前なのかな」わたしは聞いてみた。

「昔、海の民がその島の付近に流氷がたくさん浮かんでいるのを見て、そう呼んだと言われています。外から見たら、氷に囲まれた冷たい島のように思えたんでしょう。火山は、内陸部まで入らないと、わからないですから」とLは答えた。

「地熱は、アイスランドを守ってくれているのです」フロントのスタッフは続けた。

わたしは部屋の鍵を渡して、火山を近くで見るために車を走らせた。

荒涼とした山間に、次第に煙が目立つようになってきた。火山活動が行われているのだ。

わたしは停車できる場所を見つけて車を降りた。確かに、雪が降っているが、積もってはいない。むしろわずかに温かい。温かい湯の湧いている箇所もあり、湯気が立っている。地熱、母なる大地の温もりだ。

地熱。母なる大地の温もり。アイスランドではそれが感じられる。Lはそれを心の奥底で渇望していたというのだろうか。でも、わたしの前では、一度もそんなことを口にはしなかった……。

「なんだかそう考えると、ユメみたいですね、アイスランドという土地は」とLがつぶやくように言ったことをわたしは思い出した。

わたしはそのとき、自分が泣いていることに気づいた。Lが死んでから初めての涙だった。涙は頬を伝い、一瞬ひやりとしたが、やがて地面に落ち、溶けた雪と混ざり合った。


『最果て』
20191110





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