絶望することに慣れてしまった
わたしの目の前に
またあなたのまぼろしが現れる。

ベッドに腰をかけたわたしには
窓の向こうにあなたの姿が見える。

月を透かしたカーテンが揺れて
あなたの訪れは本当だと告げている。

わたしはもはや感動しない。
もう目に涙をためない。

絶望に
まぼろしに慣れてしまったから。

わたしはいつかのことを思い出す。

わたしはかつてもここに座って
そしてあなたに電話をかけた。

あなたの声が聞こえた。
聞き慣れた優しい声が。

わたしは親しいあなたの声を聞いた。
喜びに震えながら。

それは破滅へと向かうことを
どこかで予感していた
あの頃。



さらにわたしは思い出す。
あなたの瞳を。その深い色を。

そこにはわたしが映っていた。
恋の始まりに怯えるわたしが。

わたしは恋を患って詩を書いた。
あなたはわたしの詩を読んだ。

あなたはわたしの詩をくだらないと言った。
しかしわたしを愛していると言った。

はっきりとあなたはわたしを愛してると言った。
わたしもあなたに恋していた。

でもわたしはその時
あなたの生活を
じつは少しも知らなかった。

あなたがどんな人間で
何を思って生きているか
わたしはまったく理解していなかったのだ。

二人の関係は
それぞれの生活に
ほんのわずかな変化を起こしただけだった。

お互いの好意だけで満たされてしまえたような
淡い思い出のいくつかをそれらは残していった。

あなたの身の回りが
目まぐるしく変化して

次第に会う回数が減って
電話の間隔も徐々に開いていった。

今思えば
あなたの気持ちをもっと
想像することができたはずなのに
当時のわたしは何も考えてはいなかった。

今は思う。
あなたはどこから電話をかけていたのだろう。
どこにいて、その目で何を見ていたのだろう。
一体何を思っていたのだろう。

わたしはあなたに
ちゃちで懐かしい飴玉を贈った。

あなたはわたしに
見慣れないドライフラワーなど
色々なものをくれた。

つたないながらも
わたしたちは二人とも
思い出というものが何をもたらすかを
わかっていた。

よくわかっていたのだ。



そうしてわたしたちは
動画を終わらせた。

それぞれのシーンは
すでに思い出の断片となった。

それらは時の経過で汚れていく現象に過ぎず
もともと破綻することが決まっていた物事。

あなたはかつて
自分は今まで暗い世界を
さまよっていたのだと言った。

わたしに会うまでは、と。
さまよってわたしの腕の中へと
たどり着いたのだと。

そう、そしてあなたはしばし
わたしの中にとどまった。

今わたしの中にあなたはいない。

わたしは現実を忘れたくなると
水平線を眺めた。

水平線を眺めていて思った。
あなたが求めていたものは
聖母マリアだったのかもしれないと。

どこにもない存在を求めて
今もさまよっているのではないかと。

あるいはわたしの中にも
それがあるかもしれないとまだ信じているから
ときどきわたしの目の前に現れるのだろうか?

今朝のこと。
いつかあなたがくれたドライフラワーが
ふと触った瞬間に崩れた。

朝日が優しくベッドに降り注ぐ
その脇でドライフラワーは粉々になった。

わたしは悲しくなった。
まるでドライフラワーが
わたしの未来の幸福のために
散ったみたいだった。

わたしは思わずにいられなかった。
ドライフラワーは
わたしの身代わりに割れたのだろうか?

わたしは幸せになって
あなたはさまよい続けるの?

ねえ、あなたは無傷でいた?



今わたしは立ち上がって
戸を開け外へ出て
空気以外に何の妨げもない状態で
まっすぐにあなたのまぼろしと見つめ合う。

辺りには枯れた木の葉が落ちていて
あなたの黒髪の上には雪の欠片が降っている。

今あなたはわたしに
不器用に微笑みかける。

その息は白く
わたしのそれと空気中で混ざり合いながら
消えていく。

わたしはそれをぼんやりと見ていて
かつての似たような場面を思い出す。

同じように寒い夜
胸がいっぱいで
息をするのも苦しくて
満たされた瞬間の儚さに

このまま二人とも
死んでしまえればいいのにと、
そう思った場面を。



今あなたはわたしに教える。
「私はノスタルジックな存在ではないんです」
と。

それからまた別のことを言う。
わたしはその隠された意味を追う。

言葉巧みで
物事を曖昧なままにしておくのが得意なあなた。

そしてわたしは今
いくばくかの曖昧さを必要としている。

あなたの抱擁で
すべてがあまりにも鮮やかによみがえる。

そう
わたしはあなたを深く愛していた。

そしてもしもあなたが
この上なく甘美なものを
わたしにくれたというのであれば

わたしはとっくに代償を払っている。


※In honor of
"Diamonds and Rust"(Joan Baez)





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