雨、雨、雨。 雨の降る夕方。 九月。 夕立は好きだ。 激しくて、ドラマティックで、そしてロマンティックだから。 低気圧のせいで眠くなる。わたしは二度寝する。 雨の日のわたしの休日は、いくらでもベッドのなかで過ごせる。 ベッドの色は、ダスティ・ピンク。 そして、ランジェリーの色も、ダスティ・ピンク。 ヨーロッパの女優が映画のなかで身に付けていそうな雰囲気のランジェリーをわたしは着ける。雨の日には。 いつかの夕方のことを思い出す。 今と同じように、ダスティ・ピンクのショーツとブラジャーを着けて、ダスティ・ピンクのベッドに横たわったわたしを、Lがちょっと離れたところからじっと見ていた。 ひたすらじっと見ていた。 「お仕事、しなくていいの?」 わたしが問うと、Lは変な座り方で座っていた椅子から降りて近寄ってきた。 猫背で、手をジーンズのポケットに入れていて、足は裸足で。 骨ばった感じが、男臭くて、セクシーだと思った。 そばに立ったLを見上げていたら、彼の骨っぽい手が伸びてきて、わたしの頬に触れた。 「せっかくあなたが雨宿りしにきてくれましたから」 「そうね、止んだら出ていくわ」 頬に触れていた手があごに移動して、捕まえられて、キスされた。 「このいとしい、私の野生動物」とLが言うので、 「なにそれ。気障。あなたには似合わない」と答えてみた。 本当は、Lに見てもらうために、お気に入りのランジェリーを選んで着ていた。 それくらい、好きだった。 でも、この変人と、恋人らしい関係を築けるとは到底思えなかった。 たぶん、雨宿りのためみたいな、半端な愛し方がちょうどいい。 雨から身を守るための愛。 逃避の愛。 そう思っていた。 一つの条件のなかに閉ざされて 思い出すことのない季節だと。 でも、わたしは屈服していたのだ。やはり。 会えなくなった頃、また降りだした夕立の時には、思い出した。Lと過ごした時間を。愛された日々を。 そしてわたしは、誰に見てもらうでもなく、ただ陶酔するために、ダスティ・ピンクのランジェリーを身につけ、二度寝、三度寝を繰り返した。 そんな毎日だったのに、晴天の霹靂だった。 ある晴れた日、ふとインターホンが鳴った。下着姿で、わたしは来客者の姿を見た。 そこにはLがいて わたしは下着姿のままドアを開けた。 目がかち合って、本物だ、たしかにLだ、と思った瞬間、腕をつかまれ、抱き抱えられた。 わたしは車の中に運んで座らせられた。車はリムジンだった。わたしの頭のなかには疑問しかなかった。 たぶん、説明は後です、と言われるだろうと思っていたら、本当にそう言われたから、思わずわたしは笑ってしまった。 そんなこんなで、いろいろあった末、わたしはLの妻になったのだ。 会えなくなって苦しかった日々の長さを思うと 幸福が訪れたことがとても唐突に思えて仕方がなく なんだかおかしいと感じる。 でも、わたしはLのいる日常を生きている。 もちろん四六時中いっしょにいるわけではないけれど 空白の時間はない。 ここにはいつもLの気配があるから。 Lがいて、それが当たり前で、 どたばたとしつつもまあ普通のありきたりな日々で、 特筆すべきことはないのだけれど、 十年以上経ってもいまだにわたしは、ダスティ・ピンクの下着を身に付けて生活している、ということを記しておく。 インターホンが鳴って、モニターにはLの姿が写っている。 Lの様子にもそこはかとなく幸福感がある。 信じられない。でも、これが現実なのだ。 帰りしな雨に降られたらしく、Lは濡れている。 濡れているのに、幸福そうなLのそわそわした仕草が、わたしの心をくすぐる。 愛しくて、早く「おかえり」と言って抱きしめたいけれど、 それよりもまず、濡れた身体を拭いてあげなくちゃ、と思った。 空白など存在しないかのような日々だ。確かに。 でも本当を言うと、不安はある。 最近、夢の中でも、Lに触れることがある。 夢なのに、Lの肌に触れる感覚が鮮明で、 「やっぱり夢じゃないよね」と確信して、 そしてしばらくして目が覚めるのだ。 だから、もしかしたらこれも、現実じゃないのかもしれない。 よく分からない。 でも、夢の中でも現実でも、 Lには幸せでいてほしいから、 今はまずLの濡れた身体を拭いてあげたい。 どちらにせよ、その温もりに触れられることは確かなのだから。 ・・・ 「ここまでで目が覚めたの」 「あまりいい夢ではありませんね。結末が暗い」 「でしょ? 予知夢だったらやだなあ」 「それはないでしょう」 「だよね!」 「はい。さあ、こっちに来てください」 「うん」 「あくまでも私の好みですが、どちらかと言うとこっちの下着が好きです」 わたしはその日ピュアなピンク色の下着を身に付けていた。Lは自分の上に座っているわたしの身体に手を伸ばす。わたしはその手を払おうとするけれどLはしつこい。かといってわたしも避ける気にはならなくて、幼い戯れみたいだった。 「汚したり傷つけたりしないでね」 「どうでしょうね」 「これ大切にしてるんだから!」 「それならそのまま取っておけばいいじゃないですか」 「変態!」 「何がですか?」 「え……」 「何を想像力したんですか?」 わたしは顔が火照るのを感じ、そのあと我にかえって、「とぼけないで!」と言った。 「すみません。かわいくて、つい」 「もう知らない!」 「暴れないでください」 腕で押さえ込まれてしばらく抵抗していたけれど、やはりLは力があるので、無駄だと分かってわたしはおとなしくなった。 「何をしても、ユメはきれいですよ」 「好きな人補正ね」 「ユメ以外の女性と恋愛したことがないので何とも言えませんが」 「ふーん」 「興味ないんですか」 「ない」と言ってわたしは顔を背けた。 「そうですか」とLは言い、黙った。 黙ったLの視線を、わたしは視界の端に感じていた。 ふいにLは、自分の目の前にあるわたしの胸に、ブラジャー越しにキスした。 わたしはさっきも書いた通り、Lの上にまたがって、向かい合うようにしていたのだけれど、ふと、おしりの辺りに、何かが固く触れるのを感じた。 「ちょっと待って…!」 「待ちません。待てません」 熱っぽい愛撫を、わたしは受け止めた。 わたしはLの情熱を受け止めている。 たった一人で。 それはやはり自分を高ぶらせる考えだった。 それから、Lの手で脱がされたショーツの色が、少し濃い色に変わっていた。濡れていたから。 その色は、元のピュアなピンク色ではなく、ダスティ・ピンクだった。 Lはわたしがじっとショーツの色を見ているのに気づいて、 「エロいんですよ。この色」と言った。 全然、そんな気はなかったから、ふん、そんなものか、と思って、若干不機嫌になったら、顔に出ていたらしい。 Lは目ざとく察して、「自分で入れてください」とわたしに告げた。 Lはこういうとき、力を行使しながらも、相手が自発的に動くように誘導する。 わたしはそっとLのもとへ腰を沈めた。 互いの吐息が漏れた。 次第に愛し方が激しくなって、 わたしは押し寄せる幸福感に圧倒された。 終わったあと、わたしは水場に行き、脱いだランジェリーをネットに入れて、洗濯機を回した。 そして翌日、洗って部屋干ししたそれらをシルクの袋で包んで仕舞い込んだ。 それからしばらく経ったある日の朝、明るい部屋での事の最中に、 「そういえば最近あのピンクの下着着てませんね」 とLが言うので、 「そう? 気のせいじゃない?」とわたしは答え、Lの繊細な場所へのキスを続けた。 back |