初めはLがどんなに素敵だったかをわたしが嬉々として話していたと思うのだけれど、

有能な部下は不可欠だという流れにどちらからともなくなって、

ニアのもとで働いている女性がいることがふと思い出されて、

いつの間にかわたしの心には暗雲が立ち込めて、

それからわたしがニアに投げかけた問いに、

というのはわたしが無言になってしまったことなのだけれど、

それに対してニアの揺らいだ視線がゆっくりと足下に落ちて、

ふたりの間を沈黙が隔てた。

思いがけず訪れた苦しみに、わたしはフリーズした。

ニアの心がわたしのほうを向いていないなんて、考えたこともなかったのだ。

子どもっぽい思い込みが、ひび割れた。

何も言えないのが答えなら、

彼女のことを愛しているなら、

どうしてわたしを引き留めるの?

だって、わたしの様子を伺う気遣わしげな目をしている。

それは幼い頃から知っている、わたしだけが知っている、あなたの優しさの証。

わたしはそう思ってきた。

彼女のこともそんな目で見るの?

なんて聞けるわけもなく、わたしは黙っていた。

「……嫉妬ですか」

当たり前のことを言うのが憎らしくて睨みつけると、

ニアは顔を歪めた。

わたしはニアの表情を見て、狼狽した。

ニアは笑っているのだ。

ニアは、顔を歪めて、笑っていた。

それからニアはおもむろに窓のほうへ移動すると、眼下を見下ろしながら言った。

「そろそろ時間ですね」

見れば、わたしたちのいるビルを出たところに、ギリギリそうと判別できる大きさの彼女の姿があった。

ニアが恋してるかもしれない、彼女だ。

彼女の前の路上に停まっていた車のドアが開いて、彼女は助手席に乗り込んだ。

運転手にキスしたように見えた気がした。

聞くところによれば、彼女は日本を出たことのない国内人だ。

パートナー以外の人物と顔を寄せ合う習慣はおそらくないだろう。

「パートナーだそうですよ」

尻目にわたしの様子を伺っていたらしいニアの、わたしの考えを見透かすような平淡な言葉を聞いて、

わたしは走り去っていく車を呆然と見送った。

「ユメ、こちらに来てください」

ニアが言うけれど、さっきの話がまだ頭の中にあるわたしにはまだ信じきれなくて、言ってみた。

「でも、ニアは片恋でも想っているのかもしれない」

「仕事直後の迎えを受け入れている、他の男がいる女性を、ですか?」

「ニアこそ、嫉妬深いんじゃない」

「そうですよ。だから、ユメが嫉妬してくれると、嬉しいんです。私ばかり嫉妬していると思ってましたから」

なんだ。わたしはほっとした。ほっとすると同時に、申し訳ない気持ちになった。

わたしがニアの膝の上にまたがってニアの首に腕を回すと、ニアはわたしの頭を優しく撫でた。

「嫉妬で怒った顔も、美しくて、私は好きですよ」

「ん」

「拗ねてないで、機嫌直してください。あと、Lの思い出話は、したいのはわかりますが、少なくとも私の前では、そろそろいい加減控えてもらえるとありがたいです。彼は私の唯一尊敬する人物で、敵わない存在で、その人とあなたが親密だったということを考えると、どうしても嫉妬します。嫉妬で、仕返ししたくなります。そうなると双方つらい思いをします。それはあまり建設的ではない」

「ニアは全然嫉妬してるように見えない」

「内心ハリケーンが吹き荒れてるんですよ」

「わたしも今日同じ気分を味わった」

「いやなものでしょう」

「うーん」

「?」

「ニアのこと好きな気持ちが強まって、悪くなかったかも」

「おい」

「ニア、おいなんて言葉使うんだね。新しい発見だよ」

「言葉遣いが変わるくらい不服ですよ」

「でも、わたしの怒った顔が見れたのはよかったって言った」

「まあそうですが……」

「歯切れが悪いね」

「あなたがあんぽんたんだからですよ……」それからニアはぶつぶつ言った。「事実婚とは言え、形式上も人生のパートナーなのだから……。心の浮気のほうが困る……」

「わたしは幸せだね。ニアの初恋も最後の恋も、わたしだもんね」

「ああ、初恋に関しては、なんというか」

「え? 違うの?」

「口数の少なかった頃のメロを、女子だと思っていた過去がありまして」

「えーっ!?」わたしはたまげて文字通りひっくり返りそうになった。「ニアの初恋、メロだったの!?」

「女子の中では、ユメが初めてでしたので、安心してください」

とは言われたものの、その後なんとなく気まずくて、その日からしばらくニアとキスなどをする気持ちになれなかった。

ニアがメロに恋してたなんて!

色々とショックが大きい。

でも、わたしもLに淡い恋心を抱いたことがあるのだから、仕方ないのかな、と思った。

彼らのことは、やっぱり、しばしば思い出す。

だからこう思わずにはいられない。

彼らはわたしたちのなかでまだ生きている。

というか、今も世界のどこかであの有り余る知性をフル回転させて生きているのではないか、と考えることさえある。

思い出の寄せ集めだけでは、彼らを理解することなんてできるはずないから。

なにしろ、ニアを思うことだけでわたしのキャパシティーは限界を越えてるのだ。

ニアとの日々。

でこぼこなふたりだから、衝突やすれ違いは日常茶飯事だ。

遠くにいるLやメロに、「どうしたらいい?」と時々聞いてみる。

「知りません」「知らねえよ」と言われそうだなあ……と想像していたら、

ニアとわたしの揉め事なんて、頭のいい彼らなら度外視する小さな小さな問題だ、と気づく。

深夜、また気まずさの最中にあったニアと並んだベッドに寝てごちゃごちゃ考えていたときに、

「ニアは長生きしてね」

そんな素直な気持ちをふいに口にしてみたら、ニアは起きていたらしく、「ユメこそ」と返事があった。

それからの沈黙は心地よかった。

互いの呼吸のリズムが眠りへと誘って、あ、そろそろニアの呼吸も寝息に変わったかも、と思ったか思わないかというところで、わたしは眠りについた。

明日もニアと生きていくことを信じて。





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