たとえば口に入れた角砂糖がまたたくまに溶けてなくなってしまうことだとか、あるいはコーヒーの最初の一口の後に訪れる甘い余韻が長くは続かないことだとか。

 そんなことのために一喜一憂するのは言ってしまえば馬鹿げている。

 でも馬鹿げているのが人間というものだ。馬鹿馬鹿しさはかなしい、とも言えるだろう。人間はかなしい生き物だ。


 もちろんあなたがいなくなったからといって、世界からすべての喜びが消えてしまうわけではない。

 砂糖はあいかわらず甘いままだし、コーヒーだって誇るような香り高さをたしかに持っている。

 それでもわたしの世界は激変した。

 わたしは夜、雨が降るごとに、この一筋をたどっていったらあなたの住む世界に行けるのかしら、と何度考えたかしれない。

 そしてそういう日の翌日に限って、空に虹が架かったりする。


 かなしみというものは長くは続かない。


 わたしは次第に、あの人は虹の向こうの世界に暮らしているのだと思うようになった。そこはあらゆる幸福の行き着くすばらしい国なのだと。

 そう、「あなた」は「あの人」へと変わった。物事は移りゆく。


 あの人が死んだ日と同じように、空は青く澄み切っている。


 今日はいい日。

 きっとあの日もそうだった。

 あの人にとって死ぬのにもってこいの日だった。


 わたしは砂糖入りのコーヒーを飲む。そして遠ざかっていく眠りを見つめている。


コーヒーとともに待つ、
死ぬのにもってこいの日

2016.9.11






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