ニアは運が悪い。ひかえめに言ってもツイてない。なぜならわたし(シンデレラ第3)のお相手(王子第3)に選ばれてしまったからだ。

 「あなたのお名前は」とニア。

 「申し上げるほどのものではありませんわ」とわたし。

 わたしたちのソロの台詞はこれだけ。なんと言っても、シンデレラと王子はわたしたちのほかに9組もいるのだ! わたしたち役者それぞれに割り振られた台詞は限りなく少ない。

 それでもこんな感動的な場面での台詞を割り当てられたことはツイていたかもしれない。悲劇と予感に満ちていて、素敵なシーンだ。

 ニアはわたしに手を伸ばす。わたしはそれを振り返ることなく階段を駆け降りていく。背後には時計が鳴っている。

 「ニア、もっと感情を込めて」と言ったのはメロだ。メロは指揮役(監督第2)なのだ。

 「今のニアの台詞はよかったじゃない、メロ。どうして文句付けるのよ」とわたしはメロに向かって声を張り上げた。

 メロはわたしを無視して言った。「問題は、ニアにやる気があるのかどうかってことだ。ニア、どうなんだ」

 「おいニア、やる気ないのかよ」

 「答えてよ、ニア」

 みんなが楽しみにしてる発表会にやる気がないなんて疑いをかけて、ニアを追い込もうとするメロの姑息さにわたしは心底腹が立ったが、うまい打開策が見つからずイライラするばかりだった。

 「メロ、そういうのは卑怯って言うのよ」

 「ニアにその気があるならなにも言わないさ」

 「メロ、もしかして王子役をやりたかったんじゃないのか」

 そう言ったのはマットだった。マットは助け船を出してくれたのだ。なんだそんなことか、だったらそう言えよな、メロ、と周りもせき立てる。

 メロは顔を真っ赤にして怒った。「ちげーよ、ばか!」

 ふだんは言い返さないニアも、痛恨の一撃をお見舞いした。「くじに当たったからとはいえ、嫉妬させてしまったようで、申し訳ないです」

 「嫉妬すんなよ、ユメの前でかっこつかないぜ、メロ」

 うるせー、だまってろ、とメロは怖い顔をしてマットをこれ以上ないほど恨めしそうに睨みつけた。

 「ユメ、爆発寸前のメロを本当に爆発させないように、精一杯の演技を見せましょう」と、ニアはわたしの耳元で小声でつぶやいた。

 「くすぐったいよ、ニア」とわたしが言葉の途中で身をよじると、ニアは愉快そうにしていた。

 「おい、そこでなにやってるんだよ! とっとと練習を再開するぞ!」とメロが血眼で叫んだ。

 「ねえニア、なんて言ったの」

 「わたしたちにできる最大限がんばりましょうと言ったんです」とニアは言った。

 わたしはとびっきりの笑顔を見せてうなずいた。「うん、一緒にがんばろうね!」

 「しかしあまり良い笑みを見せるのも困りものです」

 「ん? そう? なんで?」

 「嫉妬する輩がいるからですよ」とニアは言ったが、わたしには意味がよくわからなかった。

 「わたしの笑った顔、どこかおかしい? シンデレラらしくないのかな」とわたしは言った。

 「笑顔というものは女性が見せびらかすのにふさわしいものではないです」とニアは言った。「少しシンデレラらしくしてくださいね」

 「うん。わかった」と言ってわたしは背筋を伸ばし真顔になった。

 すると、ニアにじっと見つめられていたかと思うと、額に口づけられた。キス、されたのだ。

 「ニア!」

 わたしは顔が熱くなるのを感じた。

 「メロ! メロ! 今度こそニアのことを怒って!」わたしは震える声で叫んだ。「ニアは、いけないひと!」

 ん? なんだなんだ?と言って別の誰かと話していたメロがこっちを向いたが、すでにニアは真剣な表情をつくって演技最中だった。わたしはほんの少し怒っていた。それを知らせるためにニアにされたのよりもちょっと強いキスをニアの頬に一つお見舞いした。周囲にいたみんなのどよめく声が聞こえた。

 「あーあ。メロには刺激が強すぎるな」

 マットのその言葉通り、メロは目をこすっていた。見ていなかったのかもしれないし、自分の目を疑ったのかもしれない。

 「ユメ」とニアが頬に手をやりながら言った。

 「申し上げるほどのものではありませんわ!」わたしはぷんぷん怒って言った。

 「やってくれましたね」

 「申し上げるほどのもの」と途中で口をふさがれた。今度こそどよめきはその場全体に広がった。マットでさえも手で目を覆っていた。メロは卒倒していた。

 わたしはなにがなんだかわからなくて、ニアの背中をひっぱって身体をはがそうとしたけれど、だめだった。こんな華奢でもニアも男の子なんだと思い知らされるようだった。

 「さて、ユメ」とニアは言った。「逃げましょうか」

 「もういや!」と叫びながらわたしは人だかりをくぐり抜けて外へ出た。キスや「それ以上」はハウスでは御法度なのだ。ロジャーに園長室に来るように言われて、きつい罰を言い渡されるまでのことが頭に浮かんだ。

 「ニアのばか! もう知らない!」

 「わたしはもう何度かしたいなと思いました」とニア。「そんなにいやでしたか」

 「イヤじゃなかったから、困ってるの!」とわたし。「今後どうしてくれるのよ!」

 「ここを出てからも、ユメを求め続けます。逃げても、探し出します」とニアは言った。「それで、いいですか?」

 「泣きそう」いろんな感情が一気に押し寄せてきてわたしは混乱した。

 「見ましたか、メロも泣いてましたよ」

 「こんなときにそんなこと言うなんて、サイテー」とわたし。泣いていた。

 「すみません。ユメに笑ってほしかったんです」

 「笑いすぎるなって言うくせに」

 「メロやほかの誰かには過剰に見せないでもらえたらと思ったんですよ」

 「ほんと?」

 「本当です」

 わたしは言った。「もういいよ。それがわかってよかった。安心して疲れた。もうみんなのいるところに戻ろう」

 「座っていたら、移動ができません」

 わたしは地べたに座り込んでいた。疲れて腰が抜けていた。

 「立てない」

 「本当に仕方ない人ですね、ユメは」

 ニアがおぶってよろけながらわたしを運んでくれた。室内に着くと、ロジャーがお出迎えだった。

 「二人とも、あとで私の部屋に来なさい」

 並んでお説教を受けて、自分たちはまだ子どもだということを思い知らされたことは、言うまでもない。

 「ねえニア、ちゃんとここを出たら、わたしが二度とこんな目に遭わないようにしてね」

 「わたしだってこんなのいやですよ」園長室の前で水を汲んだバケツを両手に持ちながら、ひそひそ声でわたしたちは言葉を交わした。「二度とごめんです」

 「シンデレラと王子様役も剥奪されちゃったね」

 「またそのうち二人でやればいいですよ」

 そんな会話をしていると、ガラッと戸が開いた。ロジャーはとっさに口を閉ざしたわたしたちを交互に見下ろして、ふたたび戸を閉めた。

 わたしたちはため息をついた。前途多難なこの時期は、おとぎ話で言えば序章の辺りかな、と思うことでわたしは自分を慰めたのだった。


シンデレラのように
2016.9.25






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