しくしく。しゃくり上げる声が聞こえる。カーテンの布ずれの音もする。

 「なにしてるんですか」

 ニアがカーテンをまくりあげたそこに、一人の少女がいた。

 「ユメ、なにしてるんですか」

 ニアがもう一度そう言うと、とたんに少女はこともあろうにニアに抱きつき、目にためていた涙をいっぱいにこぼして泣き始めた。

 「ユメ、落ち着いてください。どうか落ち着いて」

 落ち着かないのはニアも同じだっただろうに、彼は懸命に泣きじゃくるユメをなだめた。

 「さあ、訳を言ってください。泣いているだけではわかりません」

 「かくれんぼの途中でね、メロたちがわたしのことを忘れちゃったの。わたし、置き去りにされちゃったんだわ」

 「メロはあなたのことを忘れたわけではありませんよ。今からそれを証明しに行きましょう」

 ニアはユメの手を取ると、メロを探した。

 メロは中庭でほかの子どもたちと遊んでいた。

 ニアが背を押してやると、ユメはおずおずとメロの前に出た。メロはそれを見ると、すぐに気づいて言った。

 「おいユメ、どこに行ってたんだよ。探しても見つかんないから、みんな諦めちゃったんだぜ。いるなら早く出てこいよな」

 ほら、来いよ、とメロは言う。ユメは次第に笑顔になって、子どもたちの輪の中に入っていった。

 ニアはそれを見送ると、自分の部屋に戻った。そしてパズルをしていた。完成させてはくずし、また完成させてはくずした。

 そんなことを何度やっただろうか、いつのまにかニアの背後にはユメがのぞきに来ていた。

 ニアは振り返らずにパズルの続きをしながら言った。「メロたちと遊んでいたんじゃないんですか」

 「ニアはどうしてみんなと遊ばないの?」

 「ユメのように突然泣き始めるのがいて困惑したくないからですよ」

 「えっ! なにそれひどい!」

 わーっと叫ぶユメ。うるさいが、同時に心地よくもある声だ、とニアは思った。

 「あと、叫ぶ人も苦手です」

 「それってわたしのことだね!」

 「例外もいますよ」とニアは言ってみた。

 「わたしは例外? 特別?」

 「そうですね」とニアは考えて言った。「私が苦手なのは、メロの私を見る目です。いつもつらい」

 「ふうん。メロに言っといてあげる!」

 「そうですか」ニアは思わず声を立てて笑った。「ぜひそうしてもらえると助かります。私たちの仲はますます険悪になるでしょうね」

 「けんあく? メロは、ニアのことが気になるのよね」とユメは言った。

 「私も、メロのことは一目置いています」

 「ね、ふたりなかよくしなよ!」

 「私はいいです」とニアは言った。

 「なんでよ! まあいいや。わたしはふたりとも好きだよ。ふたりになかよくしてもらえたら、最高なのになあ」

 「なんだか騒々しそうなので遠慮します」

 「もう、ニアってば!」

 ニアは立ち上がると、ユメを残してその場を発った。そして別の場所でまたパズルに執心し出した。

 そこにまたユメが現れた。つんつんとニアをつつく。

 ニアは抑制された声で言った。「あなたはわたしの自由な時間のジャマをしたいんですか」

 「わー、違うよ! ねえニア、見てこれ!」

 「ひよこですか」とニアはうっすらと開いたユメの手のひらの中をのぞき込んで言った。

 「孵化したんだよ! かわいくない? あっちにもいっぱいいるよ」

 「はい、食べたいくらい、かわいいですね」

 「食べるならまだ生まれてない卵にして!」と言ってユメはわめいて、ひよこをニアから遠ざけた。本当に賑やかな人だ、とニアは思った。

 「ねえ、これメロに似てない?」とユメが言った。

 「毛色が黄色いところがですか、それとも食べてしまいたいくらいのところがですか」

 ユメはぽかんとして、しばらく後に我に返って言った。「ニアの変人! 変態!」

 「今日の夕食のメニューは卵料理ですか」

 「ニアの奇人変人変態!」

 「いいじゃないですか。このひよこともメロとも違う、ただの卵なんですよ」

 「深読みさせないで!」

 ぎゃーぎゃーと暴れるユメを両腕で押さえ込むニア。その顔にはかすかに笑みが浮かんでいる。

 こいつら楽しそうだな、と思って二人の様子を見ているのは、さっき仲間内から抜け出して室内に入っていったユメを追いかけに来たメロなのだった。

 「おい、おまえらなにしてるんだよ」

 しびれを切らしてついにメロが言った。ニアは返事した。

 「メロ、説明します。私たちは卵が先かニワトリが先かの議論を、フィジカルな面からとらえようとしていたんです」

 「は? 意味分かんねえよ」

 「また深読みさせようとして!」ユメが声を上げた。

 「ユメのほうが勝手に深読みしているだけでしょう」

 「うそ! 絶対ワザと言ってる!」

 「なんだかよくわかんねーけど、とりあえず仲良さそうだな、おまえら」

 「心外です」とニアは言ってユメの身体をぱっと放した。ユメのほうは勢い余って床に転がってしまった。いてて、と腰を押さえるユメ。

 「よろしくやってろよ」

 「まったく心外です」とニアは繰り返した。

 「なによ!」とニアに拳をくらわせようとするがあっけなくよけられてユメはまた床に転がったが、すぐに立ち上がると「メロ待ってよ!」と彼の後を追いかけたのだった。

 ニアはパズルに戻ろうとしたが、すっかり集中力が切れてしまっていた。

 ニアはため息をつくと、ふたりのようすを伺いに廊下に出て外へと歩いていったのだった。


卵とニワトリ
2016.9.25






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