流星がこぼれた。

 わたしは懸命に願いを込めた。

 いつも彼のそばに、いつも彼のそばに、いつもーー。

 言い終わるか否かのところで星は消えていった。

 時々息苦しさを感じるのは、どうしてだろう。

 わたしは外の空気を吸いに街に出ていた。

 夜の街はまるで生き物みたいにうごめいてきれいだ。これは、ニアが呼んでくれた高層ビルに来て、夜景と呼ばれる景色を見下ろして初めて知ったこと。

 でもわたしはそれと同じくらい、地面に足を着けて歩いて見る町並みも好きだ。むしろ、歩かないと落ち着かなくなってくる。

 ニアはいつも寝ころんでばかりいる。絶対、体にはよくないと思うんだけれど、彼はいかんせん太らない。キラ事件が片づいて以来、甘いものも取るようになったというのに。

 不思議なのは、彼は健康そうには見えないものの、かといって大きな病気もしないことだ。Lは甘いもの全般、メロはチョコレートばかり食べていた。その彼らは病に冒されるよりも早く事件の中で殺害されたから、なんとも言えないけれど、ニアは持ち前の慎重さで事件の前線に出て戦うというような手法を取らないから、その分彼らよりは早死にしないだろうし、もっと健康に気を使ってもいいんだろうけれど、ニアは死者たちへのリスペクトを示したいからか、なかなかこの新しい習慣をやめようとはしない。事情が事情だからわたしも言いづらい。でも、病気を遠ざけるような生活を送ることは、生きとしいけるものすべてにとっての義務じゃないか?

 わたしはため息をつく。それからわたしたちの暮らすビルを見上げる。

 寝てばかりいるせいで重力を受けないのがよかったのか、ニアはここ数年でぐんと身長が高くなった。たまに立ち上がってまっすぐに背筋が伸ばされているときに並んで、違和感を覚えてメジャーで測ってみたら、実際ものすごく伸びていた。

 ニアはどうでもよさそうにしていたけれど、背が高くなってスマートになった彼は、外に出れば以前よりはるかに女性に人気が出ただろうけれど、ニアはいっそうニアらしい引きこもり気質をこじらせているので、わたしが心配するまでもない。心配の種と言えば、本当に健康についてくらいなのだ。

 といっても、ニアはかつてのメロなんかと違って過剰なくらい自己保身的な態度を取ることのできる、男の子にしては珍しいタイプなのでその健康管理については気楽なわたし一人が任されていればロジャーも肯定してしまう程度なのだ。

 わたしはそんなにたくさんの仕事を担ってはいない。ただニアとともに人生を謳歌することが、自分の使命だと思っている。

 それなのにどうだろう。この肩にのしかかる重荷は。

 疲れてるんじゃないか、とロジャーに言われたのはついこの間のことだ。

 別に大丈夫、ちょっと外の空気だけ吸ってくる、と言って街を散策して以来、ちょくちょくこうして外を出歩くのが習慣になった。

 ふと街明かりから目を離して夜空を見上げると、流れ星かと思いきや、涙が一筋こぼれていた。

 わたしはどうしてここにいるんだろう。

 ぼうっとしていたら、人にぶつかった。あらお嬢さん、ごめんなさい、と年輩の奥方に謝られた。涙ぐんでいて、よく見えなかった。首をふると、涙が横にこぼれた。

 「もし、あなたーーどこか痛むの?」

 「いいえ。胸に持病があるんです。いつも通りです」

 「そうなの。お大事にね」

 そう言って奥方は行ってしまった。忙しいのだろう。彼女には無口だけれど穏やかな夫と思春期を終えたばかりの娘さんがいるのだ。温かな家庭が彼女を待っているのだ。

 「子どもを産んだら君も変わるよ」

 相談するとロジャーが諭すようにそう言ったのをわたしは思い出した。

 「ロジャーは子どもを産んだことはある?」

 「それはないが、孫に大切なところを蹴られたことはある」

 わたしはいやそうな顔をしたのだろう、ロジャーは一つ咳払いをして思い切ったように続けざまに言った。

 「夫婦間の事情をわたしに打ち明けようというつもりはないだろうね?」

 「まさか。しいて言うなら、うまくいっています」

 「ニアはああいう男だからなぁ」

 「子どもを持つのはまだ早いでしょうか」

 「わしには二人とも永遠に子どもみたいに思えるよ」とロジャーは言った。

 最近結婚したというリンダと会ったときも、似たような感じだった。

 「ふたりは子どもはどうする気なの?」リンダは唐突にそう言い出した。

 「あなたは? リンダ」

 「三ヶ月目なの」とリンダは言った。

 「おめでとう!」とわたしは言った。「でもわたしたちはどうなるか分からないの」

 「ニアはなんて言ってるの?」

 「特に何も。ああいう人でしょう」

 「確かにね」とリンダ。「でも、子どもはふたりにいいきっかけを与えてくれるはずよ」

 「いい関係だから子どもが産まれるんじゃなくて、子どもが産まれるからいい関係に恵まれるの?」

 「そう。逆なのよ」とリンダは言った。

 わたしは引き続き夜の街を歩いていた。涙が引いた後で、ビルに帰った。

 厳重な警備を抜けた後で、わたしたちの部屋についた。

 ガラス張りの窓越しにわたしはぼうっと夜空を眺めていた。

 きらりと流れるものが見えた。また流星が、と思ったら自分の涙だった。今日のわたしはどうかしている、と自分で自分に言い聞かせた。

 しかし今度はなかなかどうして溢れてくる涙が止まらないので、思い直してわたしは涙がこぼれてしまうまで願いを口にした。

 わたしがわたしらしく、わたしがわたしらしく、わたしがわたしらしくーー。

 こぼれてしまうまでにはかなりの時間があったので、願いは容易に言い終えることができた。

 わたしは薄手のコートを羽織ると、夜明け前の街に飛び出した。

 街を駅へと歩いていくうちに急に水平線を見たくなったので、海辺の町行きの電車に乗った。

 鉄道はゆっくりと朝焼けの景色をスライドしていった。

 着いた時には日がのぼっていて、海の波をやさしく照らし出していた。

 わたしは携帯を取り出した。着信があった。ニアからだった。

 折り返しかけ直すと、はい、という不機嫌なニアの声が聞こえてきて、わたしは安堵した。

 「おはよう、ニア」

 「おはようございます。今、どこにいるんですか。こんなに朝早く」

 「ニアこそ今日は早起き」

 「ユメがいなくなるから目が覚めたんですよ」

 「そう?」

 「多分」

 わたしは言った。「今、海に来てるの。いい眺め」

 「ふうん」とニアは言った。「ちょうど夜明けですか」

 「太陽はさっき海の上に出てきたよ」

 「ここからも見えますよ。まぶしい」

 「まぶしいね」

 「早く帰ってきてくださいよ。今日はユメがいないと進まない仕事があるんです」

 「そんなのあったっけ?」

 「あります」

 「うそでしょう」

 「はい。うそです」

 わたしは笑うと、ニアに提案した。「ねえ、ニアも来ない? たまには外出しようよ。せっかくの夏なんだし」

 「わたしにどうやってそこまで行けと言うんですか。場所は特定できますが、行き方がわかりません。もっと言えば、駅の通過の仕方がわからない」

 「ヘリで来たら?」

 「どうせ海辺の田舎町でしょう。そんなところにヘリを停めたら大変な騒ぎになりますよ」ニアは言った。「しかし、悪くないかもしれません。あるいは今の時間帯なら」

 「ロジャーに怒られるかなぁ」

 「燃料代は大丈夫です。それ以外で何か言われても、かまいませんよ」

 「ニアはロジャーがなにを言おうとぜんぜんかまわないものね」

 「今日くらいはユメもいいでしょう」

 「迎えに来てよ。太陽がのぼりきる前に」

 「そうします」

 わたしは電話を切ると、波打ち際まで歩いていった。波が静かに打ち寄せている。

 携帯のGPSをオフにして、わたしは浜辺を走った。のどが渇いたところで自販機を見つけ、一口飲んだ。ニアも好きなグリーンティー。あとであげよう。

 しばらく道路を歩いていると、野良猫に出会った。三毛猫だった。鳴き声をまねすると、あちらも鳴いたが、何事もなく過ぎていった。帰る場所があるのだろう。もちろん、わたしにもある。

 海に注ぐ河原にまで出た。強い潮の香りが漂う。

 ニアの本名はネイト・リバーという。キラ事件の後でそう教えてもらった。いい名前ね、と言うと首をひねっていた。日本独特の文化でしょうか、という返事だった。

 わたしは川を眺めながら思った。どの川も海へと流れつき、この星を覆う水として、ひとところに集まり、そして漂う。

 もし仮に、一人の人間の人生が一本の川のようなものなら、わたしとニアは海へと注がれ同じ場所へと帰るまでのその途中で出会ったということになるのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、再び睡魔がおそってきた。歩き疲れたのだ。わたしはそばの赤く塗られたベンチに座った。ニアには見つけてもらえるだろうという曖昧な信頼感を胸に抱いたまま、ひとときの眠りについた。

 波はゆらゆらと、川と海の間に浮かんでは消えていった。そして見えない流れ星がひとつ、夜の明けたばかりの空を走っていった。





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