「L、急いで!」 「これでも十分急いでいるんですがね……」 「もっと急いで! 最大限急いで! じゃないと間に合わない!」 「努力してみましょう」 Lはそう言うと、思いっきりアクセルを踏んだ。とたんにシートに押しつけられる。たしかに最大限のスピードで移動している。それでも、まだ遅いのだ。 「最終便に間に合わない!」とわたしは叫んだ。 「もういっそ今晩は近隣のホテルに泊まりましょうよ……」 わたしはLを睨んだ。よほどの剣幕だったのだろう、Lは猫背をますますかがめて、アクセルを踏んだ。 「ルイが待ってるのよ」とわたしは言った。 「ルイとわれわれの身の安全と、どちらが大事なんですか」 「ルイに決まってる!」 「たかが犬ごときに……」Lは爪をガリガリと噛んで言った。 わたしは思わず声を張り上げた。「大事な家族でしょ!」 わたしたちにはまだ子どもがいない。Lは家を留守にしていることが多い、というかほとんど帰ってこない。ホテル暮らしの日々をしている。 Lと離ればなれで生活しているわたしの寂しさが少しでも和らぐようにと、Lはワタリにわたしのためのペットを用意させた。それがルイだったという訳だ。 ルイはLのいない毎日のなかで、共にたくさんの時間を過ごしてきた大事な家族だ。たとえLとふたり久しぶりに旅行に出かけたあとだって、その存在感が薄まるようなことはみじんもなかった。 家でひとり寂しくわたしのことを待っているであろうルイのことを思い、わたしの胸は痛んだ。ルイはいつのまにかLの代わりではなく、彼自身としてわたしの生活の第二のパートナーになっていたのだった。 ようやく空港に着いたが、フライトの時刻は迫っていた。わたしたちは予約した席に駆け込んだ。なんとか間に合ったのだった。 それでもわたしは気が気でなかった。やはり置いて出てくるべきではなかったという思いがわたしの胸を占めていて、長時間の車の運転で疲れ隣で眠っているLの心配などよそに、ルイのことを考えていた。 成田に降りたってから、タクシーでわたしたちの(わたしとルイの)住居に向かった。家に着いて鍵を開けたが、ルイの出迎えがない。わたしは疑問に思って部屋中を探したが、どこにも姿が見あたらない。おなかを減らさないようにと大量に用意してあった食事だけがほとんど手を付けられていない状態で部屋の隅に残されている。 「ルイはどこ?」泣きそうになりながらわたしはLにすがった。すると思いも寄らない返事がかえってきた。 「もうすぐ帰ってきますよ」 その言葉通り、ルイはたしかに家に帰ってきた。ワタリに連れられて、ルイはわたしたちの前に現れた。 「ルイ!」 わたしは思わず駆け寄ってルイを抱きしめた。ルイも目尻を下げてわたしの抱擁を喜んだ。 「ワタリにルイをペットホテルに預けさせていたんです」とLは言った。 ルイはわたしたちを見つめた。その瞳はいきいきとして、毛並みはいつもより美しい。プロの手で整えてもらった後だということが体を撫でるとよくわかった。 「Lが、ルイのことを心配してくれたの?」わたしはLを見上げて言った。 「というより、ルイのことを心配するユメが心配だったんですよ」 わたしは感極まってLに抱きついた。勢い余ってわたしたちは絨毯の上に転がった。ルイもうれしそうにLの頬をぺろぺろ舐めた。Lはくすぐったそうに身をよじった。わたしはそんなLに、ワタリも見ている前だというのに頬ずりをしながら言った。 「L、大好き、愛してる!」 わたしの声に合わせて、ルイも元気よく吠えた。Lは目をぱちくりさせたあとで、わたしたちの頭をかわりばんこになでてくれた。 わたしたちとルイ 2016.9.19 back |